EUの基本的価値観とは何?

ハンガリー国民はマジャール民族と呼ばれ、日本人と同様で蒙古斑を有する民族といわれる。そのため、というわけではないが、マジャール人には日本人に親しみを感じる人が多く、親日派が少なくない。冷戦時代、当方はハンガリー取材の際はブタペストのペスト地区のマルタさんという母子家族の宿をよく利用させてもらった。大学教授だった夫を当時の共産党政権下の迫害で失った夫人が娘のマルタさんと共に家計を助けるために民宿を経営していた。マルタさんの家はブタペスト一の繁華街バーツィー通りにあったから、記者にとっても便利だった。その民宿の窓から見えるブタ地区の朝の風景の美しさは今でも思い出す。ハンガリーは当方にとって最も心が行く東欧の国だ(「マルタさんの宿」2006年8月30日参考)。

児童保護関連の法改正を弁護するオルバン首相(2021年7月23日、ハンガリー国営通信)

そのハンガリーでオルバン中道右派政権が発足して以来、欧州連合(EU)との間で衝突を繰り返している。今回の直接の騒動はハンガリー国民議会が先月15日、未成年者に対して、同性愛を助長し、挑発する情報宣伝活動を禁止する法改正を賛成多数で可決したことだ。予想されたことだが、性的少数者(LGBTQ)やその支持者は、「性少数派の権利を蹂躙し、表現の自由を抹殺、ひいては未成年者の権利を制限する」として抗議デモを行っている。批判の声は国内だけではなく、欧州全土に広がってきた。

ハンガリーの首都ブタペストで24日、約3万人の国民がレインボーの旗を掲げてオルバン政権の性的少数派関連の法改正に反対するデモ集会を行った。同集会は第26回ハンガリー・プライド・フェスティバルで行われたもの。参加者たちは、「オルバン政権は性的少数者を威嚇するのではなく、本当の児童の保護に力を入れるべきだ」と呼び掛けている。デモ集会では参加者と治安警察官との間で大きな衝突は報じられていない。なお、同デモ集会にはブタペストのカラーチョニ市長や野党も参加した。それに先立ち、約40の外国の文化関連機関や外国の大使館は性的少数者支援の共同声明を発表している。

フォン・デア・ライエン欧州委員長は6月23日、ハンガリー議会の今回の法改正に対して、「人間をその性的指向に基づいて差別するもので、EUの基本的価値観に反する」と指摘し、「ハンガリーの法改正は欧州の恥だ」と批判。それに対し、ハンガリー政府は同日、「法改正の詳細な内容への独立した調査も実施せず、一方的に批判することこそ恥だ」と反論。ハンガリー与党関係者からは、「西欧のデカダンス文化(退廃)への挑戦だ」といった勇ましい声も聞かれるなど、ハンガリーとEU間の対立はここにきてエスカレートしてきた。

EUはオルバン政権が同改正法を撤回しない限り、ブリュッセルからのハンガリーへの補助金、支援金の支払いを遅らせると警告している。同時に、欧州委員会は15日、ハンガリーとポーランドに対し、性的少数者への差別的措置が行われたとして、EUの基本的価値観に違反しているとして、法的措置の手続きを始めている。最終的には欧州司法裁判所への提訴と経済制裁につながる可能性がある。

オルバン政権は性的少数派に対して厳しい姿勢であることは良く知られている。ポーランドやスロバキアなどでも同様だ。オルバン政権は今回、法改正を通じて未成年者への同性愛を挑発する書物の発行や映画の上演時間制限、宣伝活動の停止などを決めた。オルバン政権が批判を恐れず、性的少数派の問題に対して、はっきりと反対を表明した点は評価できる。ただし、今回のように検閲を強化し、情報宣伝活動を規制した法改正を施行しても、実際の効果は期待できない面もあるだろう。

ブリュッセルからの政治的圧力、制裁に対応するためにオルバン首相は性的少数派関連の法改正の是非を問う国民投票(正式には「児童保護に関する国民投票)を実施すると発表した。同首相は24日、国営ラジオ放送で、「ブリュッセルがわが国に対し根拠なき批判を繰り返さなければ国民投票を実施する必要はなかった」と説明、国内の混乱はEU側がもたらしたものだと反論している。同国政府報道官によると、国民投票は今年末か、来年初めには実施する予定という。

以下、蛇足かもしれないが、性的少数者の権利擁護と同性婚の認知について、当方の考えを少し説明する。EUは機会ある度に「欧州はキリスト教的価値観に基づいた社会」というが、キリスト教の教えは基本的には男性と女性の2性の異性間で築く家庭、社会の建設にある。しかし、欧州のキリスト教社会では今日、同性婚を認める国が増えている。欧州で2001年、オランダが世界で初めて同性婚を認めた。その後、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェ―デン、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、英国、ルクセンブルク、アイルランド、フィンランド、マルタ、ドイツ、オーストリアがこれまで同性婚を認めている。オランダ、デンマーク、英国、ドイツなどは養子権も認めている。

ハンガリー政府がキリスト教の教えに基づき同性婚の社会的拡大を抑制するため関連法案の改正を施行することが、なぜ欧州の価値観に反するのだろうか。欧州社会がキリスト教の教えを基本的価値観としないというのならば理解できるが、そうではない。とすれば、ブリュッセルこそ婚姻、家庭問題について再考が求められることになる。

同性婚に反対するハンガリーが未成年者に同性愛を助長する書籍、フィルムなどを制限する法改正を施行することは少なくとも首尾一貫している。矛盾しているのは、異性婚を求めるキリスト教の教えに反する同性婚を承認する欧州諸国だ。性的少数者への差別は撤回されなければならないが、同性婚はキリスト教社会の価値観に反するから承認しないし、それを助長する言動に対しては支持しない、というのが本来、「キリスト教の価値観」ではないか。その点、ハンガリーは間違いを犯してはいない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。