エネルギー基本計画の致命的な欠陥

池田 信夫

第6次エネルギー基本計画の素案が、資源エネルギー庁の有識者会議に提示されたが、各方面から批判が噴出し、このまま決まりそうにない。

電源構成については、図1のように電力消費を今より10%も減らして9300~9400億kWhにし、その中で再エネを36~38%と今の2倍にすることになっている。これは土地集約的なメガソーラーや風力の適地がなくなり、反対運動で行き詰まっている状況では不可能である。

図1(エネルギー基本計画素案より)

原子力の発電量を維持するのは、いま止まっている原発も含めて27基をすべて動かし、40年の寿命を60年に延長して80%稼働しないと実現できない。原発の新増設を封印したため、数字の辻褄が合わなくなったのだ。

ところが同じ計画の「エネルギー需要」では図2のように、その中の電力の比率を25%から30%に増やすことになっている。電力消費を10%も減らすのに、全エネルギー需要の中で電力の比重を増やす矛盾した計画なのだ。

図2(エネルギー基本計画素案より)

この辻褄を合わせるため、省エネの「野心的な深掘り」で最終エネルギー需要をあと9年で18%も減らすことになっている。これは日本のエネルギー消費を1980年ごろの水準に戻すことを意味するが、どうやって実現するのか。電力以外の70%の「熱・燃料等」の需要については、減らす目途も立たない。

本末転倒の「バックキャスティング」

そもそも今回の計画は、手順が異例だった。エネ基は3年ごとに策定されるが、2018年の第5次計画は2015年とほとんど同じだった。これはパリ協定で約束した「2030年までに温室効果ガスを2013年比で26%削減する」という目標に見合うもので、それを100%実施すれば26%減らせる計算だった。

ところが今回は昨年、菅首相が「2050年カーボンニュートラル」を掲げ、今年4月の気候変動サミットで「2030年までにCO2排出を46%削減する」と約束したため、最初から答の出ている計算問題をつくらなければならなかった。

こういう手法をバックキャスティングと呼ぶ。できるかできないか考えないで、まず目標を掲げ、それを実現するために何が必要かを考える。今回はまず地球温暖化を1.5℃で止めるという目標を決め、そこから2050年ネットゼロ、2030年46%が決まった。

この計算は正しいが、その依拠する1.5℃目標(今より0.5℃上昇)には科学的根拠がない。最近の研究では、現在の気温は最適気温より低く、平均気温が0.5℃上昇すると、地球上の死者は減ると推定される。

あと9年では間に合わない

致命的な欠陥は、コストが書かれていないことだ。バックキャスティングで必要な政策を計算すると、そのコストが出てくる。IEAの「ネットゼロ」シナリオでは、「2050年に250ドル/トンの炭素税」というコストが明示されていた。

ところが日本のエネ基には、コストがまったく書かれていない。これはカーボン・プライシングをめぐる環境省の議論が難航しているためだ。あと9年でエネルギー消費を18%も減らすには、IEAも計算するように、2030年に130ドル/トンの炭素税が必要になる。

これは消費税に換算すると約10%である。ガソリンなどの化石燃料には100%以上の税をかけないと、消費は18%も減らせない。エネ庁がそんな税率を書くわけにはいかないので、CO2排出を削減するインセンティブの欠けた計画になっているのだ。

価格メカニズムで誘導しないで政府が命令する統制経済は、中国ならできるだろうが、日本は資本主義である。かつての「省エネ」は、コスト削減で企業収益に貢献したので、製造業が協力したが、いま日本のエネルギー効率は世界一である。これ以上、コスト削減の余地はない。

これから必要になるのは、企業収益を圧迫するCO2削減なので、補助金なしでは動かない。10年前なら総括原価主義の電力会社がいうことを聞いてくれたが、電力自由化した今は、彼らも収益を無視して役所のいうことを聞くわけにはいかない。この有識者会議に提出されたRITEの試算のように、電力コストは2倍以上になるからだ。

エネ基は法的拘束力のない努力目標なので、こんな計画には誰も従わない。あと9年では、CCS(二酸化炭素貯留)も洋上風力も次世代原子炉も間に合わない。46%削減は努力目標ということにして、今回のエネ基は見送ってはどうだろうか。