日本政府は2020年の五輪開催地に立候補した時、2011年3月に発生した東日本大震災の復興を掲げて、政府と国民が一体化することを世界に向かってアピールする五輪とする意向だった。そして2013年、東京は2020年夏季五輪大会開催地に正式に選出された。開催地立候補表明から10年余りが経過した。
開催地決定時には東京五輪夏季大会のメインテーマは明確だった。東日本大震災、福島第一原発事故からの復興を世界に訴える「復興五輪」だった。そのテーマはいつの間にか曖昧となり、東京五輪には哲学が見えない、といった声が知識人、著名人たちの間から聞こえ出した。日本国内では土壇場まで「東京五輪大会を開催するか否か」に議論が集中して、東京五輪の哲学、理念云々どころではなかった、というのが現実だろう。
東京五輪大会は開幕して10日目を迎え、日程の半ばを消化したので、東京五輪大会の課題についてここで少し考えてみた。
「復興五輪」のかけ声を消したのは、2019年に発生し、東京五輪大会開催予定の2020年にはパンデミックとなった中国武漢発の新型コロナウイルスだ。感染の第1波、2波で世界はその対応に苦慮、オリンピック開催どころではなくなった。その結果、東京五輪大会は1年延期され、今年7月23日開幕となった。すなわち、「復興五輪」のかけ声は完全に新型コロナウイルスの感染拡大の前に消されてしまったわけだ。
「復興五輪」といった最初の大義は東京の開催側関係者の口から聞こえなくなり、五輪開催組織委員会内で不祥事も起き、関係者の辞任、入れ替えで時間を費やし、国民の間ばかりか、世界でも「東京五輪は中止すべきだ」といった声が高まっていった。「復興五輪」というメインテーマを中国武漢発の新型コロナに奪われた日本側は、それに代わる大会の主要テーマ、大義、哲学を見つけることができない中、開催日を迎えたわけだ。
そして開催後も五輪中止を求める声が聞かれ、メディアは菅義偉首相に「中止する考えはあるか」といった質問を繰り返し、首相を困惑させるなど、五輪ホスト国の日本側は混乱していった。その混乱を救ったのは、日本人選手たちの活躍だ。7月30日段階で過去最多17個の金メダルを獲得するなど大きな成果を挙げ、国民を喜ばせている。その成果もあって「開催中止」といった声は国民の支持をもはや得ることはなくなってきた。
オリンピックは世界最大のスポーツ祭典だ。世界からトップクラスのアスリートたちが集まり、世界の耳目が集中する。ホスト国は世界に向かって何らかのテーマを発信する。そのテーマは開催年の「時代の精神」を反映したものとなる。東京五輪では「復興五輪」に代わってコロナ禍での世界の結束と連帯が新たな大義として浮かび上がってきたのだ。
新型コロナ感染が拡散する現在、民族、国境を越えて世界は同じ課題に直面し、多くの犠牲者を抱えて苦慮している。その中で開催される今回の五輪大会の主要テーマは一国の開催国の大義ではなく、世界の全ての人々を網羅するものとならざるを得ない。「復興五輪」に代わってコロナ禍での世界の結束と連帯を呼び掛ける大義が新たに浮かび上がってきたのは当然だろう。その結果、開催国の日本は大義を見失ったような状況に陥り、「東京五輪には哲学がない」といった声が出てくることにもなったわけだ。
東京五輪大会には新しい大義がある。世界が初めて同じ問題で苦慮している。コロナ禍を克服するために世界は結束し、連帯しなければならないからだ。
「2020東京五輪」は世界的な大義を掲げた最初の五輪大会となってきた。五輪大会は今後も開催国のローカル色を尊重しながらも、世界が直面しているテーマ(コロナ対策、環境保護、難民援助、紛争解決など)について結束し、連帯を呼び掛ける機会となっていくのではないか。「2024パリ五輪」はひょっとしたらそのような五輪大会の本格的なスタートとなるかもしれない。
それでは開催国の大義は完全に消滅するだろうか。開催国は五輪では独自色、大義、哲学を展開できるかを模索するだろう。開会式の選手行進で、世界でも有名な日本のゲーム音楽が背後で流れてきた時、日本の若者たちだけではなく、世界の若者たちを喜ばせたという。同時に、開会式のパフォーマンスでは伝統的な日本文化の一部が紹介された、といった具合だ。
心をひく話が報じられていた。バドミントン混合ダブルスで銅メダルを獲得した渡辺勇大選手(24)、東野有紗選手(24)ペア=日本ユニシスは東日本大震災を体験している。東野選手は、「震災の経験で気持ちを強く持てた」と述べ、福島の人に元気と勇気を与えるプレーに徹してメダルを獲得したことを喜んでいる。「コロナ禍の克服」で結束と連帯を訴えた新しい大義の下でも、「復興五輪」の大義は選手たちの間で大きな原動力となっていたことを物語っている。
コロナ禍の克服のために「世界の結束・連帯」の大義の下、「復興五輪」の哲学は開催国の国民の中では消滅せず、生き続けている。ホスト国日本は東京五輪を開催することで2つの大義を結び合わせることができる唯一の国だ。それを誇ろうではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。