韓国MBC「PD手帳」が「報道」したこと

潮 匡人

韓国「聯合ニュース」の報道によると、8月10日午後10時半から放送される韓国MBCテレビの看板調査報道番組「PD手帳」が、「韓国情報機関の国家情報院(国情院)と日本の右翼団体の間で不当な取引があった」として関連映像や内容を報じるという。その放送前日、Yahooニュースなどが同記事を配信。日本でも放送前から大きな反響を呼んでいる。

本来なら、放送を視聴した上で論評すべきところだが、いかんせん、韓国のテレビ番組であり、リアルタイムで視聴できないうえ、上記事情から、すでに話題沸騰となっている。そこで時期を失することのないよう、あえて放送に先立ち、寄稿することにした。

果たして「韓国情報機関(国情院)と日本の右翼団体との不当な取引」とは、なにか。

報道によると、「国情院で25年間海外工作員として勤務した情報提供者」が、同番組に対して、「国情院が日本の極右勢力を支援しており、独島と旧日本軍の慰安婦問題を扱う市民団体の内部情報を日本の極右勢力に流出させるのに協力した」と明かしたらしい。

さらに、「7か月間の追跡取材で国情院の多くの関係者が驚くべき事実を告白した。国情院が訪韓した日本の右翼関係者を接待し、北の重要情報を彼らと共有した」とも報じられるという。

とくに注目されたのは、以下の「報道」だ。

制作陣は国情院から支援を受けたとされる代表的な右翼関係者として、安倍晋三前首相と近い関係にあることが知られるジャーナリストの桜井よしこ氏を挙げた

正確には「桜井よしこ氏」ではなく、「櫻井よしこ氏」(同氏公式サイト)だが、しょせん海外の報道機関でもあり、この際、そこは目をつむる。

彼女が「安倍晋三前首相と近い関係にあること」は公然たる事実だが、「右翼関係者」とのレッテルは、著しく適切さを欠く。最低でも「右翼」ではなく「保守」などと紹介すべきであろう。少なくとも日本国内において、両者は似て非なる立場である。

そもそも、「PD手帳」とは、どのような番組なのか。

最も有名なのが、アメリカ産輸入牛肉をめぐる狂牛病騒ぎを生んだ2008年の「緊急取材」である。自力での歩行が困難な「へたり牛」の姿とともに、「もし韓国人が狂牛病に感染した牛を摂取すると、『変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)』の発病率が94%に達する」などと報道。女子中高生たちがパニックを起こすなど韓国社会を大きく揺るがせ、大規模な反米・反政府デモを引き起こした。

さすがに韓国でも、この「報道」は問題となり、訴訟に発展。ソウル南部地方裁判所は,請求された7件のうち、2件については訂正報道を、1件については反論報道を行う義務があるとの判決を下した。

だが、これで懲りる「PD手帳」ではない。今年5月11日にも、「福島汚染水放流問題」を「緊急取材」と称して放送。「日本での反対の声を精力的に伝えていた」(産経新聞・黒田勝弘記者)。

もはや、論評に値する「報道」番組なのかさえ怪しいが、げんに日本国内でも放送前からバズっている以上、看過するわけにもいかない。以下、差し障りのない範囲内で短くコメントしておく。

番組名を明示されたわけではないが、間違いなかろう。先日、私は同番組のインタビュー取材を受けた。というのも、まさに上記「報道」内容についての事実確認や背景説明が主な質問だった。加えて、櫻井よしこ理事長が率いる公益財団法人「国家基本問題研究所」や「言論テレビ」についても、根掘り葉掘り聞かれた。私は同研究所創設時の役員であり、現在も客員研究員を委嘱されている。言論テレビの番組にも出演してきた。そうしたことから私に白羽の矢が当たったのであろう。

10日夜の番組が指弾する「日本の右翼団体」とは、上記「国家基本問題研究所」に違いない。だとすれば、「国情院が訪韓した日本の右翼関係者を接待」云々の「日本の右翼関係者」には私も含まれる。もしSNSなら、(笑)とでも付記したい気分である。

べつに「右翼」と呼ばれても構わないが、上記「報道」は事実に反する。少なくとも私は懇切丁寧に説明した。われわれが訪韓した背景に加え、その際、「不当」と非難されるような「取引」や「接待」など一切なかったと、彼らにも分かるよう、冷静に説明した(つもりである)。

だが、放送前日に報道された以上の記事を読む限り、水泡に帰したようである。きっと、初めに結論ありき、だったのであろう。なんとも、むなしく、やるせない。