世界保健機関(WHO)の武漢ウイルス調査団の団長を務めたデンマーク人の食品安全問題専門家ぺーター・ベン・エンバレク氏(Peter・Ben・Embarek)は今月12日、デンマーク公共テレビ局TV2の「ウイルスの謎」というドキュメンタリー番組の中で、WHOが2月9日の記者会見で発表した調査報告が中国側からの圧力もあって強要された内容となった経緯を明らかにした。
デンマーク公共テレビ局TV2はエンバレク氏が武漢で撮影したビデオと、同氏との長時間にわたるインタビューをもとに今回のドキュメンタリーを編集した。
エンべレク氏は、「WHO調査団の使命は難題だった。ひょっとしたらCovid-19の発生源を掴めないかもしれないといった懸念があったからだ。しかし、人類がCovid-21、Covid-23、Covid-25に直面しないためにも発生源を明らかにしなければならないと考えていた」という。
同氏によるとWHOは調査団派遣前に多くの問題に直面した。派遣問題が政治問題化されたからだという。「発生源の解明に関心を持つ人(国)とそれにはまったく関心がないばかりか、誤導しようとする人(国)で混乱していたからだ」と証言している。
中国側は調査団の査証(ビザ)発行を一時、拒否した。中国指導部内に発生源を隠蔽したい勢力がいることを物語っていた。WHO調査団を迎え入れる中国科学者チームは17人構成だ。彼らは中国政府からの特別許可なくしてWHO関係者と接触することは禁止されていた。WHO調査団は武漢に到着後、14日間、ホテルで隔離された。そこではコロナ検査を受ける一方、オンラインで中国科学者と会合を重ねた。
2週間の隔離後、WHO調査団は新型コロナに最初に感染したといわれる人物と会合した。中国側の発表では2019年12月8日、コロナウイルスの感染症状が出たことになっている。明確な点は、この人物は武漢海鮮市場を訪れていないことだ。エンバレク氏は「新型コロナ感染は2019年には我々が考えていたより拡がっていたことを感じた」という。
武漢の血液バンクには20万本の血液サンプルが保管されていたが、血液テストは実施されていなかった。中国側の説明では、個人情報を遵守しなければならない法に基づいてテストは行われなかったという。ちなみに、武漢では2019年10月、第7回世界軍人運動会(武漢軍運動会)が開催された際、9000回のドーピング検査が実施されたが、コロナ検査に関する調査は行われなかったという。
WHO調査団は2月9日の記者会見で、武漢ウイルス研究所(WIV)からのウイルス流出説については「その可能性はかなり低く、新たな調査は必要はない」とほぼ否定する一方、ウイルスがヒトからヒトに感染した、ウイルスが他の動物の宿主を通じてヒトに感染した、ないしは冷凍食品からの感染について今後調査が必要だと述べた。エンバレク氏は、「中国共産党は武漢海鮮市場からヒトへの感染説を主張し、WIV漏洩説はその可能性は皆無だという立場を強調した。WIV漏洩説を報告書に記載するか否かで長い議論があった」と説明。最終的には、中国側は「漏洩説」に言及することを受け入れる一方、今後の調査は必要ないという言質を取った。
WHOも中国側もコロナウイルスはコウモリから感染したという点で一致していたが、そのウイルスを有するホースシューバット(コウモリの種類)は武漢から1500km離れた山岳にいる。そのコウモリのウイルスがどうして武漢に広がったのかは不明だ、
海鮮市場は約5万平方メートルの広さだ。新型コロナウイルスの発生源と言われていたが、WHO調査団が武漢を訪問した時は市場には人は誰もいなく、中国当局は市場を消毒して全ての痕跡は消滅していた(海鮮市場から感染が始まったという証拠はまったくない)。
興味深い事実は、WHO報告書が公表された後、WHOテドロス事務局長は7月15日の記者会見で、これまでの中国寄りのスタンスを修正し、WIV漏洩説についても調査が必要だと表明するなど、軌道修正を行い、中国側に2回目の調査を要請している。その背後には、WHOの調査報告書が中国共産党政権の圧力に屈したもので、WHOの信頼を失う危険性があるという懸念があったからだと推測される。
コロナ発生源調査では、WIVにあるバイオセーフティレベル(BSL)の「病原体レベル2(P2)実験室」についてもっと注視する必要があるだろう。そこは武漢海鮮市場から近い所にある、同市場は中国側が2019年12月に公表した最初のコロナ感染者が出たところだ。「コウモリ女」と呼ばれる石正麗氏はコウモリの遺伝子操作を「BSL-2」のP2実験室で実施していたことが判明している。すなわち、石正麗氏はBSL-4の実験室(P4)ではなく、BSLの低いP2の実験室でウイルスの機能獲得研究を実施していたのだ。WIVにはBSL-4(P4)実験室の他、2つのBSL-3(P3)、そして多数のBSL-2(P2)実験室がある。
エンバレク氏によると、WHO調査団はWIVの研究員との突っ込んだ協議もできず、コウモリ研究をしている2カ所の実験室のデータへのアクセスも認められなかったが、WIVのP2施設が2019年12月2日に移転したことをWIVの研究員から聞いたという。移転時期は新型コロナウイルスが発生した直後に当たるため、同施設の移転とコロナ感染勃発とに何らかの関係があるという推測が出てきているという。なぜならば、研究所の移転は決して容易なことではないからだ。中国側が何かを隠蔽するために必要となったと考えられるからだ。
中国は実験室の研究者の抗体検査を実施、陽性反応者は1人だけだったという。その1人は家庭クラスターで感染したと説明していたが、血液サンプルは取っていない。ひょっとしたら、その1人が新型コロナの最初の感染者であった可能性があるが、その人物が今どこにいるのかなどについては中国側は何も明らかにしていない。
武漢にはWIVの他、中国疾病対策予防センター(CDC)所属の実験室がある。そこでもコウモリ研究が行われている。WIVレベルの研究ではないが、海鮮市場から数百メートルしか離れていない。そこには2カ所の実験室があるが、2019年12月に移転してきたというのだ。
デンマークのドキュメンタリーで興味深い点は、エンバレク氏を含むWHO調査団の多くは武漢調査前には「WIV流出悦」に懐疑的だったが、調査後、WIVからの流出問題について真剣に考え出していることだ。中国共産党政権がWHOの第2回調査団派遣を拒否するのは当然かもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。