米国のアフガン撤退を台湾に擬える中国紙の捏造記事

8月15日、タリバンが掌握したアフガニスタンの首都カブール空港から、取りすがる大勢の人々を振り落として離陸する米軍輸送機の映像は見る者の背筋を凍らせた。斯く米軍は20年にわたるアフガン駐留に終止符を打ったが、これに関して、アフガンから米軍が撤退するという政策と、撤退に際して生じた混乱の問題がごっちゃに議論されている憾みがある。

混乱するカブールの国際空港 NHKより

前者は昨年2月29日、トランプとタリバンとの間で「同国をテロ組織の聖域にしない」との約束の下、米軍撤退の合意がなされた。バイデンは4月14日、合意に基づいて撤退を発表したが「本年5月1日までに」とされた撤退時期を8月31日まで延長した。トランプはこの時、バイデンの決断を支持したが、時期は「より早期であるべきだ」と苦言を呈した。

当時の報道を読むと、マコーネル共和党上院院内総務は「急な撤退は重大な間違い。負かされていない敵と米国のリーダーシップからの撤退はアフガン政府への裏切り」と批判したが、ホーリー共和党上院議員は「バイデンはトランプが計画した5月1日までに撤退させるべきだが、しないよりはましだ」と支持し、両者のトランプとの距離の違いを際立たせた。

民主党極左のサンダース財務長官すら、「バイデンがしているのは、トランプがまとめた合意を取り上げること」で、「私はトランプと彼の政権の大ファンではないが、果てしない戦争を終わらせようとした彼は正しかった」と称賛しているところを見れば、撤退が米国の国益に適うというのが国論ではなかろうか。

7000人の軍を駐留させていたNATO当局へは4月14日、オースティン国防長官とブリンケン国務長官がブリュッセルでバイデンの決定を説明し、米軍に合わせて漸次退去した。バイデンは8月15日以降、ジョンソン英首相、マクロン仏大統領、メルケル独首相とアフガン案件で個別に電話会談を行った。

撤退時に混乱を生じさせた米国は惨めだが、5月1日までに撤退したとしても後に何が起きたかは神のみぞ知る。あれこれ後講釈で述べても仕方なかろう。今となっては西側諸国やNATOが述べているように、タリバンがアフガンをテロの温床にすることなく、人権を尊重する民主的な政権運営を行うかどうかを、国際社会が注視してゆくしかあるまい。

バイデンは「責任は私が負う」と述べたが、ミリー統合参謀本部議長も撤退が95%済んだ7月21日、タリバンは「戦略的な勢い」を持っている様だとしつつも、政府軍がタリバンによる国の乗っ取りをかわす能力に自信を示していた。が、ガニ大統領まで消えた。戦う気のない他国のために米兵の血を流させる訳にいかない、と思わせるに十分な事態ということか。

軍がクーデターで政権奪取したミャンマーの内政に干渉できないのと同様、タリバンがアフガンの政権に就いたことにも国際社会は手出しできない。これが現実だ。が、米軍に協力してきた人々が、タリバンに捉えられ粛清されるようなことがあってはなるまい。バイデンはメキシコ国境とは異なるこの「リアル難民」にでき得る限り救済の手を差し伸べる必要がある。

70年代後半から約10年間のソ連によるアフガン侵攻の間に、タリバンがパキスタンの支援で組織化されたことが知られている。ソ連が引いたアフガンをタリバンが統治していた01年に9.11テロが起き、主犯とされたアルカイダのオサマ・ビン・ラディンを匿ったことから、米軍がNATOとISAFを結成し、アフガンに介入してタリバン政権を倒したことも周知のことだ。

アフガンにはソ連、パキスタン、米国が深く関与してきた訳だが、新疆ウイグル自治区が国境を接する中国も忘れてはならない存在だ。王毅外相は7月29日、天津でタリバンの共同創設者アブドル・ガーニ・バラダル政治副司令官と会談し、「米軍の慌ただしい撤退は、米国のアフガニスタン政策の失敗だ」と述べた。

バラダル師に対しては、「タリバンがテロ組織との関係を断つと共に、断固とした攻撃を与え、地域の安定と発展の妨げを取り除くことを望む」と協力を求めたのに対し、バラダル師は「いかなる勢力も中国に危害を与えることを許さない」と応じたとされる(7月29日のNHK)。

バラダル師の中国だけを念頭に置いた回答がNHK独自の報らしいことが、28日の環球時報を読むと判る。同記事はタリバンの訪問団が7月8日、モスクワでアフガンのクレムリン特使ザミール・カブロフに会い、カブロフが「彼らが国境を越えて広がるのをやめるよう」促したと先ず書いている。

さらに同記事は、バラダル師が王毅に「タリバンは国の平和を実現することに誠意を持っており、アフガニスタンの人々に広く受け入れられ、人権と女性と子供たちの利益を保護する政治システムを構築するためにすべての党と協力する用意がある」と述べたとする。この通りに政権運営されるかどうかは今後のこととしても、この発言をNHKはなぜ報じないのだろうか。

Oleksii Liskonih

それにしても中国官製メディアのアフガン報道は異様だ。環球時報はこの3週間に100本近くアフガンとタリバンの関係記事を載せている。筆者は、米国の今回のアフガン対応は、トランプが中国にアフガンの「尻を持ち込む」ことを目論んだもので、バイデンもそれを承知で引き継いだと考えているので、その意味でも北京の過熱ぶりの成り行きを注視したい。

中国のアフガンへの関心は、一帯一路の要衝たるアフガンの地政学上の位置と道路や鉄道などインフラ整備でそれとも関連する「アフガンの鉱物資源」開発、そしてアフガンのウイグル過激派「トルキスタン・イスラム党」(TIP)が新疆ウイグルなどに入り込むことの阻止などとされる。ソ連がアフガンが共産国になることを望み、米国がその民主化を望んだのとはまるで違う。

北京はこれらと関係のない台湾問題を、16日の環球時報社説を使って米国のアフガン撤退に擬えた。記事は「ワシントンがカブール政権を放棄したやり方は、台湾島を含むアジアに特に衝撃を与えた。・・カブールの状況が悪化しているにも関わらずワシントンは去った。これは台湾の将来の運命のある種の前兆ではないのか?」と書き、蔡英文政権に打撃を与えるべく、台湾人の動揺を誘った

さらに「米国は中国が1つで、台湾は中国の一部であると認めている(the US acknowledges that there is but one China and that Taiwan is part of China)」、「台湾の分離のために戦う場合、米国は内外から多くの道徳的支援を得るだろうか?」と続ける。

だが米国は「台湾は中国の一部であるという中国の立場を承知している(the US acknowledges the Chinese position that there is but one China and Taiwan is part of China)」に過ぎない。つまり、「中国の立場を」の語があるとないでは意味がまるで異なる。明らかに社説は故意に「the Chinese position」を抜いた捏造だ。

捏造すること自体が、アフガンでの米国の対応を台湾に無理に擬えるためのものであり、台湾がアフガンのケースと全く違うと北京が自覚していることを物語る。これで十分だが、蛇足を承知で、台湾とアフガンが如何に異なるかを書いて本稿を結ぶ。

海洋国家たる米国にとって、太平洋への進出を目論む北京を抑え込むことは国の存亡に関り、台湾はそのキーストーンだ。他方、アフガンに米国が関わったのはアルカイダを匿ったタリバン政権を倒すためだ。イランやパキスタンのように核を持っている訳でもないアフガンの民主政権育成は、もはや米国の仕事でないとトランプは考えたはずだ。

次にタリバンが一時期アフガンを統治したアフガン人の集団であること。ガニ大統領の逃亡で政府が崩壊したとされるが、今後、ガニやカルザイ元大統領、あるいはガニ政権の誰かが政府軍を立て直して内戦にならないとも限らない。が、何れにしても内戦に相違ない。

他方、台湾はフルスペックの国家だ。36千km2の領土に23百万余の国民と精強な軍隊を持ち、国民に選挙された民主的な政府が諸外国と外交を行っている。歴史上一度も台湾を支配していない共産中国が一方的にその領土と主張しているに過ぎない。日本や西側諸国の立場は先述した米国と同じ。よって中国による台湾侵攻は、明らかに侵略行為だ。

ハイになり過ぎたにしろ官製メディアの社説まで捏造する事態は、却って香港やウイグルの問題で国際社会から北京五輪のボイコットまで口にされて、追い込まれている北京の焦りを感じさせる。