スペイン代表紙も20年で発行部数がおよそ8割近く減少
スペインでも印刷された新聞の購読率が激減している。それに代わって電子紙が2010年頃から続々誕生するようになった。また、大手の新聞社でも印刷紙から電子版に重点を置くようになっている。例えば、電子紙「エル・コンフィデンシアル(El Confidencial)」(2月6日付)によると、スペイン代表紙「エル・パイス(El País)」の2000年の平日の発行部数は43万6301部であったのが2020年1月には9万1727部にまで減少したと指摘している。そして今年4月にはコロナ禍の真っ最中で8万1700部まで減少。この20年で同紙の発行部数は70%減少したと指摘している。
しかも同紙の収入の80%が印刷紙に掲載する広告によるものだったということで印刷紙の購読率の激減に伴い広告収入も大幅に減少した。それを補填する目的で考案されたのが電子版の購読を有料にすることであった。
スペイン代表紙も電子版のメイン記事の購読を有料とした
スペインが民主化になって1976年に誕生したEl Paísも2020年5月から電子版の購読を有料とした。勿論、無料で購読できる記事もある。しかし、基本的に興味をそそる記事は有料購読者に限定されている。
有料制によるマイナス影響も覚悟せねばならなかった。有料になったことで、それまでの電子版の読者がEl Paísから逃げて行くことである。電子紙「ボスポプリ(Vozpopuli)」がその3か月後の8月に掲載した記事の中で、7月中のEl Paísの毎月の累計読者数がそれ以前までと比較して延べ800万人減少して1800万人となったと指摘したのである。
と同時に同紙の中でスペインの他紙の毎月の累計読者数も取り上げている。それによると、「ラ・バングアルディア(La Vanguardia)」(2270万人)、「エル・ムンド(El mundo)」(2070万人)、「ABC」(2030万人)、「エル・エスパニョル(El Español)」(1960万人)、「El Confidencial」(1830万人)となっている。
La Vanguardiaはカタルーニャの代表紙である。El Españolの創刊者のひとりであり発行責任者ペドロ・J・ラミレス氏はEl Mundoの初代発行責任者だった。彼のように、スペインが民主化になって誕生した代表紙El PaísとEl Mundoから独立して電子紙を創設した記者が多くいる。この2大新聞の記者が独立して現在の電子紙の多くを誕生させている。また古い新聞はABCがマドリードで1903年、そして前述La Vanguardiaは1881年にそれぞれ誕生した。この2大紙からも電子紙に移籍した記者も結構いる。
各紙で有料購読者数が増加している
El Paísの有料購読者数は昨年9月の6万4000人から今年3月の時点で10万475人と増加している。(3月18日付同紙から引用)。https://elpais.com/sociedad/modelo-de-suscripcion/2021-03-18/los-suscriptores-digitales-de-el-pais-superan-la-barrera-de-los-100000-y-consolidan-el-nuevo-modelo.html
この有料購読者の内の20%は外国、特にラテンアメリカの読者だという。また、前述した他紙も有料制を導入しつつある。電子紙「インフォィブレ(Infolibre)」のように2013年の創刊時から有料制を導入した紙面もある。この電子紙の創刊者ヘスス・マラーニャ氏は既に消滅した新聞社やEl Mundoなどの記者を務めた後に独立して同紙を立ち上げた。
El Paísに次いで有料購読者数の多いのが「エル・ディアリオ・エス(El Diario.es)」で、その数は6万3000人、そしてEl Mundoが6万人となっている。
その購読料は各紙異なるが、ひと月8ユーロー(960円)から10ユーロ(1200円)だ。年間契約すると多少割安になる。
スペイン語の電子紙は6億人の市場をもっている
スペインの電子紙が有力な武器として持っているのは、現在世界で6億人がスペイン語を日常使って生活しているということである。と同時にそれはラテンアメリカの電子紙も同様にラテンアメリカを始めスペインでも読者を拡げることができるようになっている。これが、日本の電子紙が成長できない理由である、何しろその大半が日本でしか読まれないという理由からである。
しかも、El Paísの場合はメキシコとブラジルでも駐在員ではなく、支社といった形で記事の編集ができるような組織になっている。これが2012年に創刊された電子紙El Diario.esの場合は今年から支社をアルゼンチンに置いてそこでも編集もしている。これに加わった記者はアルゼンチンを代表する紙面「エル・クラリン(El Clarín)」で勤務していた記者数人だ。
El Diario.esの創刊者で発行責任者のイグナシオ・エスコラル氏はEl Paísの記者だった。彼がメキシコではなくアルゼンチンを選らんだ理由は、後者の方が読書率が前者よりも高いというのが理由としてあったという。しかも、首都ブエノスアイレスは20世紀初頭は世界をリードする国の一つだったということで、その文化が現在も残っているということらしい。筆者がラテンアメリカの電子紙の内容を見ても確かにアルゼンチンの方がメキシコよりもジャーナリズムの文化は一歩先を歩んでいるという印象を受ける。
読書率が非常に低いスペイン
読書率という点について一つ言及せねばならないことがある。スペインの読書率はポルトガルそしてギリシャと並んでEU諸国の中で最低クラスだということだ。読む習慣を持っている人がスペインには比較的少ない。スペイン47%、ギリシャ45%、ポルトガル32%というのが読書率。即ち、スペイン人だと100人の内の47人しか読む習慣が日常備わっていないということなのである。その一方でヨーロッパ北部の方に目をやるとフィンランド75%、スウェーデン80%、英国74%ということだ。それが情報紙「Estandarte.com 」で記載されている。
この情報紙は2002年5月付の掲載ということで幾分か古いが、今もこの統計はスペイン人の間で当てはまる統計である。この記事の中でこれまで12か月の間で一度も新聞を読んだことがないというスペイン人が53%もいるというのである。
スペイン人が日々情報をどこで集めるのかというとテレビ、ラジオそしてバルである。バルはスペイン人にとって重要な情報源なのである。またバルで良く喋って情報交換をする。これがスペイン人の重要なストレスを解放する手段でもある。
またラジオも早朝から各局で色々なニュースを取り上げ、ジャーナリストの討論も含まれたりで情報源として非常に強力な武器となっている。各局の番組の司会者はスター的な存在となっている。
また読書率の低さを示す現象として例えば人口78万人のバレンシア市内で筆者が記憶している書店数はデパートにある書店コーナ―を含めて中心街には8店舗しかない。勿論、中心街から離れた場所に筆者が知らない小さな書店もあると思う。しかし、市内の中心街には8店舗しかないというのは、如何にスペイン人の間で読書率が低いかということを如実に示している現象だ。
読書率が低いということでスペインでは今後も新聞を読む人が急増することはない。例えば米国のThe New York Timesは有料購読者が700万人いる。この数字に到達するのはスペインでは不可能であるが、スペインで電子版または電子紙の有料購読者は昨年9月の統計だと35万人いるそうだ。これから読者も有料ということに慣れて読者が増えるはずだ。何しろ、重要で興味をそそる記事を読むには料金を払わないと読めないからだ。
それに応える意味で新聞電子版や電子紙が注目しているのは、統計を主体にしてそこからその背景にある出来事などをベースにしてそれに纏わるストリーなどを記事にしていくことである。この面で現在進んでいるのはEl País とEl Diario.esだと筆者には思える。
現在Washington Postで活躍している30歳の若いスペイン人記者アドリアン・ブランコ氏が正にその統計を主体にしてそこから傾向を見つけてその背景にあるストリーを他の記者と協力して記事にしている。スペイン地方都市ブルゴスの電子紙「ディアリオブルゴス・エス(diarioburgos.es)」(2020年3月9日付)が彼とのインタビューで彼の仕事の内容が説明されている。彼のやっている統計を柱にした記事を作成して行くことはテレビやラジオでは出来ず、唯一電子版そして電子紙が活躍する場面である。
読書率が低いということで新聞の将来性についても疑問の余地があるところであるが、スペインのジャーナリストのレベルは非常に高い。ジャーナリストが主人公になって討論するテレビ番組が結構あって、どれも高い視聴率を維持している。それもかれらが情報を掴み分析する能力のレベルが非常に高いからである。また数多くの電子紙が登場して主要新聞にとって強力なライバルができて記者のレベルを高めることに貢献するようになっている。