バイデン政権、「国境炭素税」導入に及び腰になりつつある理由

バイデン大統領といえば、前任者と打って変わって気候変動対策に積極的に乗り出しました。パリ協定の復帰に始まり、化石燃料の補助金の撤廃に動き、国有地における新たな石油・ガス鉱区のリース権付与を停止。4月には、気候変動サミットを開催しました。そして、注目の約1兆ドルのインフラ計画では、電気自動車の普及や再生可能エネルギーの推進が、約3.5兆ドルの育児・医療支援策(人的インフラ計画)では、財源の1つとして「国境炭素税」が検討されています。

バイデン米大統領 ホワイトハウス公式サイトから

国境炭素税は、パリ協定を順守しない国からの輸入品に対する課徴金で関税に相当し、EUでは炭素国境調整税に相当します。同措置は、バイデン政権誕生前から何度も取り沙汰されてきました。バイデン氏の選挙公約や民主党の政策綱領で提示されていただけでなく、政権発足後の3月に米通商代表(USTR)が公表した通商報告でも、排出量削減の手段として「国境炭素調整金(carbon border adjustments)」の導入を選択肢に挙げていたものです。

世界の輸入の約半分を占める米欧が対応すれば、中国への圧力としての効果も期待されていただけに、育児・医療支援策の財源として含まれたのは、自然の流れだったのでしょう。

しかし、ここにきて風向きが変わってきました。バイデン政権が心変わりしつつある理由は、ズバリ「インフレ」です。

バイデン政権は、選挙公約で年収40万ドル以下の米国人に増税しない方針を掲げていました。しかし、仮に国境炭素税が導入された場合、当然ながら関税と同様なので、物価を押し上げてしまいますよね。これでは公約破りになってしまう上、足元でインフレが急伸中です。米7月消費者物価指数では、中古車など一部で鈍化が確認できたものの、肝心の食品・飲料の物価上昇、特に小麦やパンなど炭水化物で顕著となっていました。さらに悪いことは重なるもので、米企業はステルス値上げ=Shrinkflationに踏み切っています。

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チャート:米7月CPIは前年同月比は5.4%上昇、2008年4月以来の高い伸び(作成:My Big Apple NY)

その上、インフレ懸念も非常に根強い状況。ヒル・ハリスXが8月2~3日に実施した世論調査では、インフレが最大の懸念事項で33%と、2位の米国内債務の20%を大きく上回っていました。共和党寄りのフォックス・ニュースが8月7~10日に実施した世論調査では、回答者の86%が「インフレを憂慮している」と回答していたのです。物価上昇の理由の1位は「コロナ禍」で86%でしたが、2位は「バイデン政権の経済政策」が79%に及びました。バイデン政権の経済政策を物価上昇の背景とする回答を党派別でみると、共和党支持者が93%に対し、民主党支持者も64%とかなり高い水準であることが分かります。

NBCが8月23日に発表した世論調査でもバイデン氏の支持率は50%割れの49%と、前回4月から4ポイント低下不支持率は4月の39%から48%へ急伸しました。経済政策の支持率は4月の52%→8月に47%、頼みのコロナ対策の支持率も4月の69%→53%と軒並み低下し、フガン対応での25%にとどまり、不支持の60%から大きく水を開けられていました。

さらに、インフレ加速が災いし、米8月ミシガン大学消費者信頼感指数・速報値での購入見通しをみると、住宅と自動車が引き続き1982年以来で最低を更新し続けています。

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チャート:ミシガン大学消費者信頼感指数・購入見通しは住宅と自動車が急低下(作成:My Big Apple NY)

コロナ対策で支持を集めてきたバイデン政権ですが、手厚い経済対策が仇となったほか、アフガン陥落も重なり支持率は急降下中。8月20日時点でのリアルクリア・ポリティクスでは、不支持率が48.6%と政権発足以来で初めて支持率(47.8%)を上回りました

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チャート:バイデン政権の支持率、直近は切り返すも一時は不支持率が若干優勢に(作成:My Big Apple NY)

そうなれば、民主党の主流派も黙っていられません。バイデン氏の子飼いでデラウェア州選出のクリス・クーンズ米上院議員が支持を表明していないのですよ。国境調整税が財源として採用されないとなれば、他の増税で穴埋めするより、育児・医療支援策の規模縮小が妥当とみられます。

ところで、米財務省は8月16日、開発銀行による融資のガイダンスを発表するとともに、化石燃料事業への融資反対を表明しました。5月のG7気候・環境相会合での声明「2021年末までに、国際的な石炭火力事業への直接的な政府支援を完全に停止するために、具体的措置を講じることにコミットする」、G7首脳会議での声明「国際的な炭素密度の高い化石燃料エネルギーに対する政府による新規の直接支援を、限られた例外を除き可能な限り早期にフェーズアウト」という流れに沿ったものと言えます。

また、米国の世銀への出資比率は16.7%、次いで日本が7.8%、中国が5.3%ですから、最大の出資国として中国の一帯一路に圧力を掛けてきたという印象です。そして、アジア開発銀行の出資で米国と並び最大の日本(15.6%)も、他人事ではありません。気候変動問題でリードを試みる欧州へのけん制もあるのでしょう。

これが国境炭素税導入を諦めた兆しなのか、あるいはこのガイダンス自体がどこまで遵守されるのか。11月開催のCOP26を控え、米政府と各国政府の間で温度差が生じる可能性もないとは言い切れない?


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2021年8月24日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。