オーストリアではこれまでレストラン、劇場、ディスコに入るためには「3G」と呼ばれる証明書の一つを提示することが求められてきた。「3G」とは、ワクチン接種証明書(Impfzertifikat)、過去6カ月以内にコロナウイルスに感染し、回復したことを証明する医者からの診断書(Genesenenzertifikat)、そしてコロナ検査での陰性証明書(Testzertifikat)だ。ドイツ語で「Geimpft」「Genessen」,そして「Getestet」と呼ぶことから、その頭文字の「G」を取って「3G」と呼ばれてきた。
ところで、ここにきて新規感染者数が連日1000人以上を記録。昨年の夏季休暇明け、同国では感染者数が急増し、第3のロックダウンをもたらしたが、今年の新規感染者の増加は昨年同期より1カ月ほど早いテンポだ。このまま続けば、今秋は新規感染者が急増し、第4ロックダウンは避けられなくなる。そこでワクチン接種を更に加速させなければならないが、ワクチン接種への希望者は停滞してきた。8月中旬段階で6月比で85%減少だ。
ワクチン接種拒否者を接種するように如何に説得するかで政府関係者は頭を痛めている。首都ウィーンでは「ワクチン・バス」を運行して市民が集まる場所でワクチン接種を行っている。また、スーパー内で顧客にワクチン接種を勧めるなど、さまざまなアイデアが実行されてきたが、接種率は停滞したままだ。
同国保健省の公式発表によると、23日現在、ワクチン接種を1回終わった人は約544万人で国民人口の約60.91%、2回接種を完了した国民は約512万人で国民の57.35%だ。ちなみに、欧州連合(EU)ではマルタが接種率約92%でトップ、ポルトガル78%、デンマーク75%のベスト3だ。オーストリアは接種率がかなり低い。イタリア(68%)は23日、9月15日までに接種率が80%に達しない場合、ワクチン接種を義務化すると警告を発しているほどだ。
そこでクルツ首相やミュックシュタイン保健相の間では、新規感染者が9月末まで増加が続いた場合、10月から「3G」から「1G」に移行する以外にないという方針を固めてきている。同時に、これまで無料で実施してきたコロナ検査を有料化し、国民をワクチン接種に向かわすというのだ。
「1G」とは、コロナ検査の陰性証明書と回復証明書ではなく、ワクチン接種証明書だけがレストランや劇場に入る時有効となるという意味だ。レストランで家族と食事する時、劇場やコンサートを鑑賞する時、もはや他の「2G」の証明書では十分ではない。そうなれば、ワクチンの接種を拒否してきた国民は考え直して接種する可能性が出てくるというわけだ。政府は国民にワクチン接種を強要することは出来ない。国民の選択権、自由を無視できないからだ。そこで「1G」を施行し、ワクチン拒否者を接種に導こうという作戦だ。
オーストリア日刊紙「oe24」によると、国民の約57%が、非接種者は飲食店などに入場できなくなる「1G」導入を支持しているという。ウィーンの大手飲食業界関係者も、「第4ロックダウンより『1G』のほうがいい」という方向に傾いてきている。一方、ナイトクラブやデイスコの経営者は「ゲストの4人に1人しか2回のワクチン接種を完了していない。大多数のゲストはワクチン接種を拒否している。だから、『1G』になれば、ゲストはクラブやディスコに来ることが出来なくなる。経営者としては破産宣告と同じだ」と述べ、「1G」の施行には強く反対している。すなわち、業者によって異なるが、「1G」については国民の間でまだコンセンサスは出来上がっていない状況だ。
コロナ規制に反対し、マスク着用にも反対してきた野党「自由党」のキックル党首は、「『1G』はワクチン接種の義務化を意味し、国民の自由を制限する」と、早速反対の声を上げている。また、オーストリア商工会議所は、「国民経済の回復が重要だ。『1G』導入は国民の消費を抑えることになる」と懸念している。
免疫学者たちは、「ワクチン接種で100%、感染が回避されるわけではないが、感染しても重症化するケースは少ない。現時点ではワクチン接種が唯一の対策だ」と指摘し、接種拒否者に、「自身とその周辺の人の為にも接種してほしい」と呼び掛けている。
メディアの影響も無視できない。ワクチン接種によるネガティブな影響が報じられるため、多くの国民は接種に懐疑的になるというわけだ。オーストリア国営放送(ORF)は保健省と連携して、国民にワクチン接種を呼び掛けるスポットを流している。高齢者層の接種率は高いが、若い世代でワクチン接種に懐疑的な傾向が見られる。
オーストリアでは5月19日、ロックダウンを解除し、「3G」の国民は晴れてレストランや劇場を享受できるようになったばかりだ。ワクチン接種の効果もあってコロナ規制も段階的に解除されてきた後、デルタ株が急速に感染拡大し、夏季休暇の影響もあって新規感染者が再び増加してきた。そして今、「3G」ではなく、ワクチン接種証明書だけが有効な「1G」時代に突入しようとしている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。