厚生労働省と東京都が「コロナ患者の病床確保料をもらって患者を受け入れない病院を調査する」と発表しました。これについて「補助金をもらって患者を拒否するのは詐欺だ」という批判が出ていますが、これは詐欺ではありません。モラルハザードという合理的な行動です。
Q. モラルハザードって何ですか?
マスコミでは「倫理の欠如」などと訳していますが、これは個人の心がけの問題ではありません。Moralは「倫理的」という意味ではなく、保険用語で家の燃えやすさなどのphysical hazard(物質的危害)に対して、保険に入ったために防火しないような心理的危害のことで、制度の問題です。
Q. モラルハザードは犯罪ですか?
内田樹さんのようにモラルハザードを「悪事」の意味で使う人が多いのですが、これは違法行為ではありません。コロナ病床を確保すると、ICU病床には1日30万円の「病床確保料」が出ますが、「正当な理由」があるときは患者の受け入れを拒否できます。モラルハザードは、こういう制度の欠陥を利用して利益をえる合理的行動なのです。
Q. 違法ではないのに何が悪いんですか?
病床確保料は使っても使わなくても同じなので、東京都から「コロナ患者を受け入れてください」といわれたとき「人手がいないので無理です」と断っても、もらうことができます。これは合法ですが、保険料をはらう国民に負担を押しつけることになります。
Q. なぜモラルハザードが起こるんですか?
これは国民(プリンシパル)と病院(エージェント)に情報の非対称性があるとき起こります。本当に「正当な理由」があるかどうかは病院しか知らないので、東京都が病院のいう通りお金をはらうと、病院は国民の負担でリスクを取ることができるわけです。
Q. 情報の非対称性って何ですか?
エージェントの情報がプリンシパルに見えないことです。これは「コロナの感染が増えるかどうか」といった(だれも知らない)不確実性とはちがい、「病院は人手が足りることを知っているが東京都は知らない」といった一方だけが知っている情報です。
Q. 世の中にモラルハザードは多いんでしょうか?
コロナで問題になっているのは、雇用調整助成金です。これは社内失業している社員の給料を補てんする制度で、見た目には失業が増えませんが、社員は働かないで給料をもらい、会社は経営努力しないで助成金をもらうモラルハザードが起こります。雇用調整助成金は、この1年半で4兆円を超えました。
Q. モラルハザードでだれが困るんですか?
損害は納税者や健康保険の被保険者が薄く広く負担するので、気がつきません。しかし病床確保については、全体で1兆円以上の予算が使われており、その負担のために一時的に健康保険料が値上げされています。
Q. どうすればモラルハザードはなくせるんですか?
今の医療制度は性善説で、役所の決めたことを病院は正直に実行すると信じているので、法律では「要請」や「勧告」しかできません。これは都立病院のように都と利害の一致している病院ならいいのですが、コロナで経営の大変な民間病院は、病床を水増しするかもしれません。こういうときは、役所が病院を監督して命令する権限が必要です。
Q. でも「正当な理由」があるかどうかは病院しかわかりませんね?
これが情報の非対称性です。役所が病床を個別にチェックするのは大変なので、制度をなおすべきです。たとえばあいたままだと病床確保料を半額にするとか、確保病床を使うと診療報酬を増やすといったインセンティブをつけるべきです。
Q. 現場のお医者さんは「医師を疑うのは許せない」といっていますが?
コロナ病床を確保していても、他の病気で人が足りなくなることはあるでしょう。それは「正当な理由」ですが、それが本当かどうか東京都にはわかりません。このように利害対立があるときは、役所は病院を信用してはいけないのです。