なぜ新型コロナ第5波の死亡者数はこんなに少ないのか

森田 洋之

Rasi Bhadramani/iStock

新型コロナウイルス感染症は、いま5回目の波が日本を襲っている。マスコミは連日「過去最多」をキーフレーズに、感染拡大のニュースを報じている。

事実、新型コロナの感染者数(検査陽性者数)を見ればその感染爆発の勢いは火を見るより明らかである。

しかし、「過去最多」の大合唱の裏で、あまり報道されない事実がある。それは、これまでの感染の波に比して、明らかに重症・死亡の数が少なくなっていることである。

周知のことであるが、新型コロナに感染した人は多くが軽症・無症状、一部の人は重症化し、更に一部の人は死亡に至る。その傾向が第5波では明らかに変わっているのだ。以下のグラフをみてほしい。

青いグラフが感染者数(左目盛)、グレーが死者数(右目盛り)である。(なお、死亡者数は感染者数に比して非常に少数で正確な数字で表示すると死亡者の波が全く見えなくなってしまうため、あえて縦軸方向に拡大し見やすくしている。)

注目すべきは第5波の死亡数である。第3波・4波よりも感染者数は激増しているのに、死亡数はそれらより大きく減っているのである。

たしかに死者数(グレーの波)は感染者数(青い波)のピークから少し遅れて推移している。これは、感染から死亡に至るまでのタイムラグのためだ。しかし、その遅れは過去の傾向から言って2週間程度のはずだ。しかし第5波は始まってから少なくとも1ヶ月以上(読みようによっては2ヶ月近く)経過している。順当であれば当然、死者数は第3波・第4波より数倍増えていてもいい時期なのである。これまでどおり感染者の1.0〜1.2%と想定するなら1日に250〜300人が新型コロナで死亡していてもおかしくないのだ。ところがいま、日々の死亡数は30人前後である。過去の傾向の1/10だ。

なお、第3・4波のときとPCR検査体制自体は大きく変わっていないと思われるため、検査体制の変化という要因は今回の分析では除外している。ただ、たしかに今回の第5波では検査陽性率がこれまでの波より非常に高く推移しているため、これをもとに「検査が足りていない、実際はもっと感染者がいるはずだ」という主張には説得力がある。

しかしその場合、検査が行き渡らない層の殆どは軽症・無症状の患者だろう。死亡に至るような緊迫した症例で検査不足のために検査が行われない、という事例は想定し難い。であれば、仮に検査不足があるとしても、それは感染者数の実数を見かけ上少なく見せている(実際の感染者数はもっと多い)が、死亡者数への影響はほぼない、と考えられる。つまり現状の数字でも過去の波より明らかに低い致死率が、「検査不足」という要因を加えることで更に低下すると想定されるのだ。

ではなぜ、今回の第5波に限ってここまで死亡者数が少ないのか。

大雑把に考えて2つの仮説が想定できる。ワクチンの普及による効果、およびウイルス自体の弱毒化による効果だ。

1. ワクチンの普及による効果

ワクチンの効果であるが、これは英国のデータが参考になる。(英国のデータ分析はこちら

英国はワクチン接種の有無による致死率の差を公開しているのだ。(人種も地域も全く違う国のデータなのでどこまで日本に適用可能か、という議論は残るが、日本でこうしたデータが公開されていない以上、他国のものを参考にせざるを得ない。)

<ワクチン接種歴別致死率>

接種済み 接種なし
  50歳以上   1.7%    50歳以上   5.9%
  50歳未満   0.02%    50歳未満  0.03%
     合計     0.16%    合計       0.4%

これによれば50歳以上の患者の致死率がワクチン接種によって大きく低下している。5.9%から1.7%ということなので、約3分の1以上の低下だ。全年齢の数字も0.4から0.16へと半分程度に低下している。これを見れば、日本の死亡率低下もワクチン接種が普及したことが大きく関与していると言わざるを得ないだろう。

ただし、英国の事例は「ワクチンの効果は死亡者を1/2〜1/3に減らす」というもの、日本の現状をみる限り、死亡者は以前の波に比して1/10になっている。日本は英国よりワクチン接種率が低いにもかかわらず、だ。ワクチンの効果はたしかに大きいが、それだけではこの現状を説明するのに役不足かもしれない。

2. ウイルス自体の弱毒化

そもそも、ウイルスというものは常に様々な方向に変異を繰り返してゆくものである。その変異ウイルスの中で弱毒化したもの(その弱毒性ゆえに「歩き回る感染者」を大量に生み出し、それによって感染力を増強する)が生き残り広がっていく、という過程をたどるのが一般的だと言われている。つまり、ウイルスは「弱毒化しながら感染力を増強する方向に変異したものが生き残る」ということである。

この「弱毒化」を示唆する事象は世界中で観察されている。アメリカもイギリスもフランスもドイツも、あれだけ感染爆発で死者が激増した国々での死亡が激減しているのだ。

こう考えると、ワクチンの効果に加えて、ウイルスの弱毒化という要因が日本の第5波における死亡者数激減に大きく関与していると考えるのが自然だろう。

ワクチンの効果とウイルスの弱毒化、どちらの要因が大きいかという話は日本のワクチン接種と死亡の関連データが公開されていない現時点では断言できない。しかし大事なのはどちらの要因が大きいか、ということにもまして、今後のコロナ対策にこうしたデータをしっかりと活かすことだろう。

最近はワクチンの効果が短期で切れるかもしれないとうい報道も繰り返されている。また、幸いにして今の日本の第5波は極端に低い死亡率で推移しているが、今年の冬に更に大きな波が襲ってきたとき、その幸運が繰り返されるという保証はない。

そういう意味でも、日本はさらなる大きな波にも耐えられる、柔軟な対コロナ医療提供体制を構築しておくべきであり、そのためには医療システムを根本から考え直さないといけないし(詳細はこちら、→「医療崩壊」を叫ぶほどに見えなくなる「日本医療の根本の問題」)、さらに言えばこうしたデータを国全体で共有した上で、欧米、特にイギリスのように「多少感染者が増えても死亡者が増えなければいい、それは社会全体で許容するので感染対策は撤廃し経済活動を再開する」というような社会全体の覚悟を持つべきなのかもしれない。考えてみれば、新型コロナの死亡は多い時期で一日100人、少ない時期では一日10人程度。一方肺炎死は年間12万人(一日平均300人)なのである。どちらも死亡例の大半は高齢者であることに変わりはない。それでもコロナ前の我々は何の疑問もなく経済活動をしてきたのだから。