子供の学校登録を解消する親が増加

ハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジア(在位1740~1780年)は16人の子供を産んだことで良く知られている。ハプスブルク家は婚姻政策を実施して欧州全土に大きな勢力を構築したことは世界史で学んだ。マリア・テレジアの忘れてはならない功績といえば、やはり教育改革だろう。女帝は全土に小学校を新設、義務教育を確立させ、教科書を配布し、各地域の言語で教育を行わさせた。この教育政策はそれ以後の国の基盤となった。マリア・テレジアは国民から「国母」と呼ばれている。

教育改革を推進したマリア・テレジア Wikipediaより

オーストリアでは9月6日からウィーン市(特別州)、ニーダーエステライヒ州、ブルゲンランド州の3州で新学期が始まる。他の6州は1週間遅れで新学期が開始されるが、新型コロナウイルスの感染拡大、特にデルタ株の猛威に直面して、新規感染者が増加してきた。学校も例外ではない。学校のロックダウンを回避する代わりに、厳重なコロナ規制が実施されている。ところで、親たちが学校のコロナ規制に不安を抱くケースが増え、子供の学校登録を解消する親も出てきたのだ。その数はまだ少数だが、増加傾向にある。

オーストリア文部省によると、新学期が始まる前に既に3600人の子供が学校登録を抹消している。新学期が始まるまでにその数は最大6000人に増加することが見込まれている(学校登録を解消した生徒の4分の1は非公認の私立学校に通っているが、立場はホームスクーリングと見なされる)。

例えば、ケルンテン州では昨年180人の生徒が学校登録を解消し、自宅で勉強している。1週間前に始まった同州の新学期には330人の生徒が学校の授業には姿を見せていない。シュタイアーマルク州では新学期スタート前に既に1097人の生徒が学校登録を解消した。前年度は423人だった。他の州でも学校登録を解消するケースが増えてきた。

親が自分の子供の学校登録を解除する理由はいろいろ考えられる。①子供が慢性的な病気のため学校に通学できない場合、②世界中を旅する家族の子供たち、③政治的、宗教的理由だ。ここにきて学校内のコロナ規制への抵抗が新たな理由として挙がってきた。コロナ感染の拡大に伴い、学校内のコロナ規制(定期的抗原検査、マスク着用)や強制ワクチン接種に対する強い抵抗から子供の学校登録を解除する親が出てきたのだ。同時に、パンデミックで学校という機関への不信感が高まってきていることも事実だ。

連邦政府は、親による子供の学校登録解除に対し、公共学校の登録キャンセルのハードルを高くすることを考えている。オーストリアでは子供の学校通学義務はないが、自分の子供に教育を受けさせなければない義務はある。学校当局は保護者の学校登録解除を拒否することはできない。両親は子供を自宅で教育する権利が憲法上保証されているからだ。ちなみに、隣国ドイツでは義務教育年齢の子供の家庭教育は禁止されている。

家庭教育の場合、学期末には外部の試験を受けなければならない。そこで学習成果がチェックされる。家庭教育は特別優秀な子供の場合は問題は少ないが、普通の子供の場合、グループ学習などが出来ないため子供の精神的成長にとってマイナスとなるという声も聞かれる。

オーストリアでは2010年以降、毎年約2000人の子供たちが家庭で勉強していたが、コロナ禍の今年、その3倍の6000人の子供たちが学校登録を解消し、家庭で教育を受けているわけだ。マリア・テレジアが始めたオーストリアの教育システムにとって無視できない問題だ。

オーストリアでは2020年以来、3回、ロックダウンが行われた。学校も閉鎖されてきた。ファスマン文部相は新型コロナ感染が拡大した初期、ホームスクーリングを積極的に推進する一方、出来る限り学校閉鎖は避けたいという方針だった。

そして2月8日、閉鎖されてきた学校が再開した。その際、学校再開の理由として、①オーストリアには学校に通う子供たちが約100万人いる。上級クラスの生徒たちは昨年10月から自宅でのディスタンスラーニングとなり、学校の授業を受けることが出来ない状況が続いてきた。その結果、学習の遅れは大きい。ファスマン文部相は、「早急に対面教育を再開しないと文字通り失われた世代となってしまう」と懸念してきた。同時に、②コロナ禍で生徒たちに精神的病にかかる者が増えてきたことだ。学校に行かず、友達とも会わずに家で学習していく日々の中、うつ状態になったり、さまざまな精神的疾患になるケースが増えてきたのだ。

学校を再開する代わりに、徹底したコロナ対策が求められる。週3回、コロナ検査の実施、マスクの着用などが実施される。しかし、親の中には学校のコロナ規制、セキュリテイーに不安を持つ人もいる。教師の中にはワクチン接種反対者もいるから、子供への感染の恐れを完全には排除できないからだ。そこで親の中には子供の学校登録を解除して、自宅ないしは非公認の私立学校で教育を受けさせる道を選ぶ者も出てくるというわけだ。子供の学校登録解消の増加傾向がコロナ禍時代の一時的なものか、ポスト・コロナに入っても続くトレンドとなるか、現時点では不明だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。