エクソシストと女性官能小説作家

ちょっと週刊誌的テーマかもしれないが、欧米の主要メディアも結構大きく報道しているので、日本の読者にも紹介する。

ザビア・ノベル司教(ウィキぺディアから)

スペインのカトリック教会ソルソナ教区の52歳のザビア・ノベル司教が38歳のシルビア・カバロールさん(官能小説作家であり、心理セラピスト)を好きになってしまった。その結果、ノベル司教は司教を辞任し、教会から出ていき今は失業者の身だ。バルセロナ近郊で農学者としての職を探しているという。司教と官能小説家の間に何があったのだろうか。

聖職者が未成年者に性的虐待を犯すことはもはや珍しくない。スペインのノベル司教の場合、教区のエクソシストでもあった。悪魔に取り憑かれた信者から悪魔祓いをする聖職者だ。その司教が、離婚し2人の子持ちのシングルマザーで官能小説作家に心魅かれ、教会での立場を全て捨てたのだ。教会の同僚たちは、「ノベル司教は女性の姿で現れた悪魔にやられてしまった」と受け取っているほどだ。ちなみに、カバロール女史の小説は「ガブリエルの欲望の地獄」など、悪魔と神、善と悪、天使と悪魔などが登場するエロチックな本だという。

ノベル司教は8月、「純粋に個人的な理由」から司教を辞職する旨の書簡をフランシスコ教皇に送った。その後、女性とカタルー二ャ地方のマンレサで一緒に住んでいるという情報が流れてきた。

スペインのメディアは同司教の動向を逐次報道してきた。同国司教会議はノベル司教と会って話そうとしたが、司教はそれを拒否したという。ソルソナ教区は8月23日、「司教は教会法401条2項に基づいて辞任した」と公表している。

ノベル司教は2010年、41歳の若さで当時のローマ教皇ベネディクト16世から司教に任命されている。同司教は、スペイン教会の若き星と受け取られ、将来を嘱望されていた。

興味深い点は、フランシスコ教皇は同司教の辞職願いを即受理していることだ。通常の場合、教皇は辞任を願う司教に一定の時間を与えるケースが多いが、この場合、即受理したという。教会法に基づけば、それ以外の他の選択肢がない事態が生じたからだ、と推測されるわけだ。

英BBCは9日、「スペインの司教はエロティックな作家への愛のために辞任した」(Spanish bishop quit for love for erotic writer)という見出しで大きく報じている。独週刊誌シュピーゲル電子版9月8日は同じように「Bischof tritt zuruck – aus Liebe zu Erotikautorin」というタイトルで記事を掲載している。独日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングも「Bischof Xavier Novell Goma verliebt sich in Erotikbuch-Autorin」という記事を掲載している、といった具合だ。大手の主要メディアが今回の出来事を報じたのは、枢機卿に次いで高位聖職者の司教が不祥事を起こしたこと、司教がエクソシストであり、愛の相手が官能小説を書く女性作家、という読者の好奇心をそそる3つの書割が揃っていたからだろう。

ノベル司教は中絶問題や同性愛問題では教会の伝統的な教義を擁護する一方、政治的にはカタルー二ャの独立を支持していた。スペインのメディアでは、同司教の蹉跌について、「悪魔の仕業だ」「ある意味で職場での事故」と指摘し、教会や神の責任ではなく、聖職者の独身制が問われているテーマでもない、責任は「悪魔とその悪行にある」という見方が支配的だ。すなわち、司教は“悪魔の誘惑”に負けたというわけだ。

ここで指摘したい点は、ノベル司教はエクソシストだということだ。悪魔の存在、その所業を他の聖職者より知っていたはずだ。一方、カバロールさんは神、悪魔といった世界に強い関心を持ち、それに関連した小説を書いてきた。司教と女性の間には共通点がある。「悪魔」だ。ノベル司教は悪魔祓いを行い、女性作家は悪魔の所業を描いた物語を書いてきた。その結果、両者は相手に惹かれていった、と少なくとも受け取れる。司教側は女性を愛することで教会での全てのキャリアを捨て去った。女性については何も報じられていない。

同司教と女性がどのような場所で知り合ったかなどは明らかではない。考えられるシナリオは、「スペイン教会の星」と言われ、期待され、教区の信者たちからも愛されてきた司教は「悪魔」の巧みな誘惑の罠にはまり、敗れてしまったのではないかということだ。スペインのメディアは「職場での事故」と表現しているが、ある意味で的を射た表現だ。

ローマ・カトリック教会で最もよく知られたエクソシスト、ガブリエレ・アモルト神父は悪魔祓いに関する多くの著書、インタビュー、講演で世界的に知られている。同神父は「1986年から2010年まで7万回以上のエクソシズムを行った」といわれる。そのアモルト神父は、「自分は毎日、悪魔と話している」と述べ、悪魔の存在を赤裸々に証言していた(「悪魔『私は存在しない』」2021年6月23日参考)。

ノベル司教がエクソシストの1人とすれば、悪魔は自身の存在を知っているノベル司教に対し激しい攻撃を仕掛けてきた、と考えざるを得ない。悪魔の試練に勝利することはエクソシストとはいえ、非常に困難なことだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。