爽やかな秋の天候に恵まれた11日、買物や散歩に出かける人々の姿が見られた。彼らがマスクをしていなかったならば、これまでも見られた通常の週末風景だが、多くの人々はやはりマスクをし、人によってはFFP2マスクをつけて歩いている。
夏季休暇が終わり、予想されたことだがコロナウイルスの新規感染者が増えてきた。オーストリアでもここ1週間は1日1000人を超える新規感染者が出ている。病院の入院患者が増えるとともに、集中治療室のベットの空きが次第に少なくなってきた、というニュースが聞かれる。
同じ11日の土曜日の午後、3000人余りの市民たちがコロナ規制反対、ワクチン接種反対のデモ集会を開いた。夜のニュース番組を見ながら、「なぜ彼らはワクチン接種を拒否するのか」と考えた。ウイルス学者はワクチン接種を呼びかけ、政府はワクチンバスを運行させたり、スーパー内でワクチン接種が出来るようするなど、いろいろと知恵を絞って国民にワクチン接種を呼び掛けている。もちろん、予約なしだ。それでも「ワクチン接種率は願われている80%からは程遠い」(ウイーン市保健局)のだ。
ワクチン接種拒否者の声を拾うと、「ワクチンを接種すれば、不自然な化学品を体内に入れることになるから、健康を悪化させる」、「若い女性はワクチン接種をしないほうがいい。子供が産めなくなる」、「世界の製薬大手会社がワクチン接種を推進させるために感染防止のワクチンの有効性をフェイク情報で流している」、「政府はコロナ感染を操作し、国民に不安を駆り立てている」等々の声が聞かれる。
オーストリアでは65歳から74歳の高齢者のワクチン接種率は82%と高い一方、25歳から34歳の世代になると1回のワクチン接種を終えた数は全体の59%と低い。デンマークなど北欧ではワクチン接種率は80%を超えている。デンマークでは10日から全てのコロナ規制を解除している。
ウイルス学者たちは、「新規感染者で入院する患者の90%以上がワクチン接種をしていない人だ」と数字を挙げて説明し、ワクチン接種で感染を防げる一方、デルタ株の感染者の多くがワクチン非接種者だという事実を指摘している。それでもワクチン接種を拒否する国民が減らない。
ウィーンのコロナ規制反対のデモ集会には極右活動家の姿が見られた。日刊紙クローネ日曜版によると、ドイツの極右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)関係者の姿が目撃されたという。コロナ感染が始まって以来、極右関係者には新型コロナウイルス(Covid-19)を軽視し、マスク着用を拒否する者が多い。ワクチン接種でも同様だ。クルツ政権が、「ワクチン接種は現時点でコロナ感染を防ぐ唯一の手段だ。ワクチン接種は自身を感染から守ると共に、他者を守る社会的連帯行為だ」とアピールするが、オーストリアの極右政党「自由党」はコロナ規制を「国民の不安を助長させるものだ」として反対している。極右関係者は自身の政治的信条をコロナ感染の危険性よりも重視する。自由党のキッケル党首は、「ビタミンCを取り、山に登って新鮮な空気でも吸えば健康になる」というのだ(「極右派はアンチ・マスク傾向が強い?」2020年8月18日参考)。
参考までに、オーバーエスターライヒ州の自由党のマンフレッド・ハイムブフナー党首がコロナに感染し、集中治療室に入った。幸い、無事、退院できた同党首はその後、「病院の関係者に心から感謝する」と述べている。実際に感染しない限り、コロナ感染の恐ろしさは分からないのかもしれない。
ワクチン接種を拒否する理由として、自由党やAfDのような政治的理由は別として、「宗教との関係」や「貧困問題」のほか、アフリカ系米国人の中には植民化時代に医療品実験の対象に利用されたという歴史的トラウマまである。移民コミュニティでワクチン接種に対する懐疑的な見方が多い背景には、ワクチン接種の情報不足が考えられる。
宗教的な理由でワクチン接種を拒否する者はウルトラ・オーソドックスユダヤ教徒のほか、米国の「バイブル・ベルト」と呼ばれる福音派キリスト教会が強い州で多い。彼らは神がコロナ感染から守ってくれるという「キリスト教原理主義のワクチン懐疑論者」だ。
バイデン米大統領は集団免疫を実現するために国民に向かって、「あなたの近くの医師、薬剤師、そして教会の指導者に聞いてほしい」とワクチン接種を拒否する国民に呼びかけた。バイデン氏がワクチン接種率を高めるためにわざわざ宗教指導者を名指ししている点は興味深い。すなわち、米国社会ではワクチン接種について、宗教者の意見が重視されているからだ。米国の「公共宗教研究所」(PRRI)の調査によると、ワクチン接種に強い関心があるのは、米国では通常のユダヤ人とカトリック信者だという。ラビが信者に接取するように助言し、ローマ教皇がワクチン接種を呼びかければ通常の信者はそれに従うからだ。
バチカン教理省が2020年12月21日に公表した覚書によれば、「一般の国民、特に高齢者や疾患者を守るワクチンである限り、支持する。同時に、ワクチン接種は道徳的な義務ではなく、あくまで自主的な判断に基づくものでなければならない」と説明。その上で、「医薬品製造メーカーと各国保健関係者は倫理的に認可され、患者に接取できる受容可能なワクチンの製造に努力すべきだ」と強調。バチカンニュースは、「コロナ・ワクチンは道徳的に受容可能だ」と大きく報道している。実際、フランシスコ教皇や前教皇ベネディクト16世は今年1月、ワクチン接種を受けている(『コロナ・ワクチン接種』と倫理問題」2020年12月23日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年9月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。