100年で劣等国に転落したアルゼンチン:大統領は副大統領の操り人形

上下院選挙の前の予備選で政府与党が惨敗。副大統領が激怒して大統領に閣僚刷新を要求した。

100年で優等国から劣等国に転落したアルゼンチン

アルゼンチンという国は20世紀初頭には世界のリーダー国の一つであった。それが100年過ぎた今、これまで8回の債務不履行を繰り返し、インフレは毎年40%前後を記録している。今年のインフレは50%近くになると予測されている。

このような劣等国に成り下がってしまったのも、簡潔に言えば、公共資金のバラマキ、国内市場を重視し過ぎて輸出を軽視する政策、財政緊縮の管理が苦手で必要なだけ紙幣を市場に供給する策の繰り返し、労働組合が政府に癒着してインフレの上昇に比例して賃上げを常に要求、政治家の汚職の横行などが特に戦後のアルゼンチン経済を急激に悪化させた。

同姓フェルナンデス大統領と副大統領の与党は予備選で惨敗

今年11月の中間選挙(下院の半分の議席と上院の3分の1の議席の入れ替え)に向けて9月14日、予備選挙が実施された。この結果は現政府与党の正義党の惨敗だった。ブエノスアイレス自治市と23の州での開票結果は正義党をリーダーとする連合「みんなの前線(Frente de Todos FT)」は僅か6州で予定候補者が勝利しただけで、ブエノスアイレス自治市と17の州では「変革の為に共に(Juntos por el Cambio JC)」の連合が勝利した。

ブエノスアイレス自治市とブエノスアイレス州はアルゼンチンの有権者の67%を占める大票田であり、そこはこれまで正義党の地盤であった。それが今回の予備選挙で敗北した。同自治市は48%対25%、同州では38%対34%という差でJCが勝利した。JCの軸になっている政党はマクリ前大統領の政党で、現在そのリーダーになりつつあるオラシオ・ラレタ氏が2023年の次期大統領選の候補者に推される可能性が高い。マクリ前大統領はまだそれに同意を表明していない。

大統領は副大統領の操り人形

正義党の惨敗に極度の憤慨を表明しているのが、元大統領で現在副大統領のクリスチーナ・フェルナンデス・キルチネル氏(以後クリスチーナ)である。気まぐれで何事にも支配欲の強い彼女にとって、今回の結果は容易には受け入れらないのである。その責任をアルベルト・フェルナンデス大統領に押し付け、早速なる閣僚の入れ替えを要求した。

本来は彼女が当初大統領選に立候補する予定であったが、汚職事件で起訴されている彼女が立候補したのでは勝利が難しくなると判断してアルベルト・フェルナンデス氏を候補者に推奨した。彼はクリスチーナ氏の夫だった故人ネストル・キルチネル氏が大統領だった時に首相を務め、また彼女が大統領になった時にも初代首相になった。

今も正義党内において彼女は影響力を持っている。また、有権者の中にも多くの支持者がいる。しかし、両者の間にはもともと円滑な関係はなかった。寧ろ、フェルナンデス氏は首相の任を彼女から外されて以来、彼女に対して痛烈な批判者に変身していた。

にも拘わらず、彼女の方から大統領候補者になってほしいという要望に当初抵抗を示していたが、それを受け入れた。それ以来、今もメディアや国民の間ではフェルナンデス大統領はクリスチーナ氏に操られた大統領でしかないと評価されている。

今回の予備選で惨敗した理由

なぜFTが惨敗したのかという要因は次にようなことが理由としてある。

現在のアルゼンチン経済は最悪の状態にある。それも3年前から景気は後退を続けている。現時点でインフレは既に30%を超えており、今年末にはインフレは50%に迫る見込みだ。その影響で給与価値はそれに追いつかない状態にある。多くの若者は外国に職場を求めてヨーロッパや北米への移民を目指すようになり、貧困者は42%にまで達している。しかも、IMFには440億ドルの負債を抱えている。それにコロナ禍の影響で経済は更に低迷を強めている。

正義党が政権に復帰してからまだ2年しか経過していないのであるが、今回の予備選挙の結果から多くの市民は正義党の現政権を見放したということになる。その責任はフェルナンデス大統領にあるとクリスチーナ氏は判断した。自らの非を認めることをしないのが傲慢なクリスチーナ氏の常なる姿勢だ。

そこで彼女は大統領にしてやったフェルナンデス氏からの連絡を待った。政権への支持を有権者から取り戻すには閣僚の早急なる交代でしか彼女の脳裏にはなかった。

ところが、48時間が経過してもフェルナンデス大統領の方からは如何なる連絡もなかった。しかもフェルナンデス大統領は11月の選挙まで閣僚の交代は待ちたいという姿勢を維持し、「政権運営は私の方で良いと思える方法でもって今後も続ける。その為に私が選ばれたのだ」とメディアに答えたのであった。9月16日付「パナムポスト」から引用)。

副大統領は自分の派閥閣僚5人を辞任させて大統領に閣僚の人事刷新を要求

そこで彼女は大統領に圧力を加える意味で彼女の派閥の閣僚5人に辞任するように指図した。そして大統領に宛てた書簡をメディアに公開したのである。

その書簡の中で彼女は、市民の意思を尊重し、正義党の前例のない敗北の前に内閣を刷新して新たな出発を図るべきだと訴えたのである。

彼女が閣僚人事で一番強く要求していたのは大統領が最も信頼を寄せているカフィエロ首相を解任させて今回の予備選挙で勝利したトゥクマン州の現職州知事ファン・マンスル氏を首相に任命させることであった。

クリスチーナ氏の操り大統領でしかないということを如実に示すかのように早速閣僚人事が発表されて彼女の要望通りの内閣が誕生したのである。この人事で彼女が大統領だった時に閣僚を務めた人物が新たに入閣した。一方、首相の任を解かれたカフィエロ氏は外相に就任した。このとばっちりを受けたのがフェリペ・ソラー外相であった。彼はメキシコで開催されたラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)に出席すべくメキシコシティーに向かっていた途中で今回の人事が伝えられたのであった。ということで、共同体の会議には出席せずメキシコシティーのホテルに留まった。

今回の閣僚人事で留任が決めったひとりに38歳のマルティン・グスマン経済相がいる。彼はノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツと師弟関係にある経済学者で、IMFとの負債交渉を担当していることが主因となって留任が決まった。またアルゼンチンの経済学者の間でも若いがグスマン経済相の手腕が高く評価されている。

これから2か月先の11月の上下院の選挙に向けて正義党は有権者からの支持を取り戻さねばらないない。事態は容易ではない。今回の予備選の結果が11月にも繰り替えされるようであれば、上院の議長を務めているクリスチーナ氏がそのポストを失って野党が上院を支配するようになるのは必至だ。自惚れの強い彼女のこと、それを受け入れるのは容易なことではない。