国連機関「デュアルユース品目」拡散?

イランで保守強硬派のライシ大統領が誕生したことを受け、イランと国連安保理常任理事国とドイツを加えた6カ国との間で開催されてきたイランの核協議が一層難航するのではないかと懸念されている。それを裏付けるように、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)が26日明らかにしたところによると、イランは同国の首都テヘラン近郊にある遠心分離機の部品製造工場の査察を拒否したという。また、未申請の3カ所の核関連施設の査察、そこで発見されたウラン粒子の起源などについてのIAEA側の質問に対してもイラン側は返答を拒んでいる。

イラン最高指導者アリ・ハメネイ師(IRNA通信サイトから)

バイデン米政権はトランプ前政権が離脱した2015年7月に締結したIAEAとイラン間の包括的共同行動計画(JCPOA)への復帰を視野にイランとの交渉を模索中だが、交渉は依然、大きな進展をもたらしていない。

ところで、米FOXニュースは先月、イランはウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)から軍事・民間の両分野で利用可能なデュアル・ユース・アイテムを手に入れてきていると指摘し、UNIDOとイランの間で進められている11プロジェクト(1750万ドル相当)の監視を強化すべきだと訴えている。同ニュースによると、イラン外交官がUNIDO本部を訪れて会談していたという。

イラン、北朝鮮、キューバなど国際社会の制裁下にある国が国連の専門機関を通じて資金、技術を巧みに手に入れてきたことは周知の事実だ。UNIDOは国連の専門機関で、開発途上国への物資支援、技術やノウハウの伝達などを提供し、工業開発を支援する機関だ。

UNIDOはこれまで中国財務次官出身の李勇事務局長が率いてきたが、今年11月29日に開幕するUNIDO総会第19回会期で、UNIDO初の欧州出身事務局長にドイツ経済協力・開発相のゲルト・ミュラー氏が公式に承認される。FOXニュースはそのミュラー氏にイランとUNIDO間のプロジェクトの内容の監視を要請している。同時に、ドイツはイランの欧州最大の貿易国だ。ドイツ人のUNIDO事務局長がイランへの支援活動に厳しく対応できないのではないか、といった懸念の声も一部聞かれる。

UNIDOの対イランプロジェクトには「通信技術の向上支援」「中小企業の育成支援」といったタイトルがついている。一見、単純な経済活動支援のように受け取られやすいが、その内容に対して厳重なチェックが必要というわけだ。もちろん、UNIDOにはイランから出向した職員が対イランプロジェクトを後押ししていることはいうまでもない。米国やイスラエルが最も恐れるのは、さまざまな名目で国連機関を通じて軍事使用可能なデュアルユース・アイテムがイラン側に流れ、核開発に利用されることだ。

UNIDOは過去、北朝鮮、キューバ、ベネズエラなどに軍事利用でき、テロ活動にも利用できる資材、技術を提供してきた“前科”がある。

例を挙げる。ドイツの化学者、ヤン・ガヨフスキー博士(Jan Gajowski)は「北朝鮮の化学物質の生産でUNIDOが機材や原料生産を支援してきた」と暴露し、警告を発した。同博士はUNIDOでモントリオール・プロジェクト(MP)を担当してきた。

同博士によると、北には少なくとも5カ所、化学兵器を製造する施設がある。北朝鮮は過去、UNIDOから不法な化学兵器製造用の原料、機材を入手していたという。「北は4塩化炭素(CTC)がモントリオール議定書締結国の規制物質となっているため、その代替農薬生産のため、UNIDOに支援を要請。それを受け、UNIDOは2007年4月、CTCに代わる別の3種の殺虫剤を小規模生産できる関連機材購入のため入札を実施。受注したエジプトの化学製造会社が08年8月、有機リンとオキサゾール誘導体を製造できるリアクトルを北に輸出した。有機リンはサリン、タブン、ソマン、VX神経ガスと同一の化学グループに属する。北朝鮮が入手した化学用反応器はカズサホス12トン、土壌殺菌剤ハイメキサゾール20トン、クロルピリホスメチル16トンを年間製造できる能力を有する」というのだ。すなわち、UNIDOを通じて北朝鮮は化学兵器製造に利用できる原料を手に入れていたことになる。

また、北の核兵器開発には核エネルギーの平和利用を奨励するIAEAが間接的だが支援してきた。IAEA本部には北朝鮮出身の査察官が10年間勤務していた。金石季(キム・ソッケ)氏だ。北の核開発問題が大きなテーマとなっていた時、IAEAの身中に北の核専門家が勤務していたことはメディアでは余り知られていない。

同査察官は朝鮮人民軍幹部ファミリーの出身者だった。IAEA査察官としてパキスタンや西側諸国の最新型原発を査察できる立場にあった。カナダ型最新軽水炉についても「知っている」と述べていたほどだ。北の核開発を支援したのはパキスタンの原爆の父、アブドル・カディル・カーン博士だけではない。不本意だろうが、IAEAが北の開発を間接的に支援してきたのだ。

李勇事務局長の退任後にUNIDOのトップに就任するミュラー新事務局長がUNIDOの過去の不正な活動に対して検証し、再発防止できるかは不明だ。FOXニュースは、「COVID-19と気候変動との戦いは、発展途上国に対する先進国のより大きなコミットメントを必要としている。私たちは、より多くの革新と投資、そしてグローバルな技術と知識の移転を必要としている」と述べたミュラー氏の7月の声明文を紹介している。

国連は目下、持続可能な開発のための2030年のアジェンダを目標に歩んでいる。UNIDOは同アジェンダでは重要な役割を担っている。そのUNIDOは、デュアルユースの品目、技術を安易に制裁下にある国に流出させないよう注意が必要だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年9月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。