独「日本の新しい顔」岸田氏に注目

ドイツで先月26日、連邦議会選挙(下院)が実施されたが、社会民主党(SPD)と「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の立場が逆転しただけで、ポスト・メルケル時代を告げる新政権の発足まで長い連立交渉が控えている。そのドイツで29日、独メディアが日本の与党自由民主党総裁選の結果を速報し、新総裁に選出された岸田文雄氏(64)について異例の長い記事を発信していた。

第27代自民党新総裁に選出された岸田文雄氏(自由民主党公式サイトから、2021年9月29日)

ドイツのリベラルな日刊紙「南ドイツ新聞」電子版はドイツ通信(DPA)の記事を掲載し、10月4日に首相に任命されることになった岸田文雄氏の政治キャリア、政策などについて報道していた。

「自民党総裁に選出された岸田氏は10月4日の国会で国民からの支持を失った菅義偉首相の後継者として首相に任命される。決選投票では改革派の河野太郎氏を破った。岸田氏は河野氏のようなカリスマ性には乏しいが、自民党幹部たちからは“安全、安定”した政治家として受け取られている」と報じ、新首相の使命としては、「長期政権の党のマイナスのイメージを迅速に改善しなければならない。総選挙は11月に予定されている。菅政権は、コロナ政策とオリンピック開催での不祥事のダブルパンチを受け、国民の支持を急落させたからだ」と論評している。

外交政策では、「広島出身の穏やかな岸田氏は右翼の保守的な安倍晋三元首相時代の外相を務めたこともあって“タカ派”という印象を与えてきた。岸田氏は日本の防衛力を拡大し、軍事予算をさらに増やし、米国との緊密な安全保障同盟を支持している。また、ヨーロッパやアジアの他の民主的なパートナー国と連携し、覇権主義を標榜する中国への包囲網を構築しようと考えている」と説明。

経済政策では、「岸田氏はコロナ・パンデミックによって悪化した富裕層と貧困層の間の所得格差を縮小するために“新しい資本主義”を提案。同時に、安倍元首相と同様に、原子力の提唱者であり、気候保護対策を講じた新たな成長分野を創造するために、クリーンエネルギー技術を推進したいと考えている」と受け取り、「岸田新政権下の指導部が安倍元首相の影からどの程度脱却できるかは不明だ」と述べて締めくくっている。

一方、ドイツ代表紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(Faz)29日電子版は東京発パトリック・ヴェルタ―特派員記事を掲載した。同特派員は、「自民党は安定と穏健な変化を選んだ」と述べると共に、麻生太郎財務相の言葉「岸田氏は平和時代の首相には相応しいが、不安定で厳しい時代の首相タイプではない」を引用している。外交政策では、「岸田氏は日米の結束を強化し、自由で開かれたインド太平洋地域の目標を提唱している。同時に、重要な経済的利益を共有する中国との一定のバランスを探っている」と受け取っている。

経済政策では、「岸田氏は、Covid-19の損失後の経済を刺激するために、数千億ユーロに相当する政府支出プログラムを計画する一方、予算統合の旗を掲げている。また再生可能エネルギーの拡大を望んでいるが、同時に、エネルギー供給を確保し、二酸化炭素排出量を削減するために、環境に優しい小型の原子力発電所の開発と建設を求めている」と報じ、脱原発政策を推進するドイツと比較している。

岸田新総裁の紹介記事の中で、興味深い点は、ドイツの代表的メディアが世界第3位の経済大国日本のエネルギー政策、特に、原子力エネルギー政策に関心を示していることだ。ドイツはメルケル政権下で早々と脱原発を打ち出し、再生可能エネルギーの促進に邁進している。DPA通信は岸田氏が原発推進派であることを明記し、Fazは岸田氏が小型原子力発電所の開発に意欲を示していると指摘し、日本の原子力政策の動向について言及している。

16年間のメルケル政権ではアジアといえば中国を意味し、経済関係でも独中関係が重視されてきた面がある。実際、16年間の任期中、メルケル首相は12回、訪中しているが、訪日回数は片手で数えられる。メルケル首相のアジア政策は徹底した中国重視路線だった。そのため日本とドイツ両国関係は希薄化してきたことは間違いない。同時に、ドイツ・メディアの日本報道といえば、反日傾向が強かった。

ドイツでクリスマス前にはポスト・メルケル時代の新政権が発足する予定だ。日本では10月4日には岸田新首相が率いる新政権が誕生する。日独両国は新しい政権のもと、再出発しようとしている。両国間の人的交流が頻繁に行われ、関係がこれまで以上に深まることを期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。