豪は世界第7番目の原潜保有国に

米国、英国、オーストラリア(豪)の3国は先月15日、新たな安全保障協力の枠組み(AUKUS=オーカス)を創設する一方、米英両国が豪に原子力潜水艦の建設を支援することが明らかになると、原潜の開発で豪と既に締結していたフランス側が「契約違反だ」と激怒し、米仏、仏豪の関係は一時険悪化した。だが、バイデン大統領とマクロン大統領との電話会談(9月22日)で両国は関係修復の方向で努力することで一致、フランス側は召喚した駐米大使をワシントンに帰任させたことで落ち着きを取り戻したばかりだ。ロイター通信によると、ブリンケン米国務長官は、米英が支援するオーストラリアの原潜開発計画で険悪化した米仏関係の修復に向け、4日から6日までパリを訪問する。今月末には欧州でバイデン・マクロン両大統領首脳会談が計画されている。

日豪首脳テレビ会談(2021年9月15日、テレビ画面はモリソン首相、右は菅義偉首相、首相官邸公式サイトから)

ところで、フランスが激怒する理由は2点、指摘されている。一つは米英豪がフランス抜きで新たな安全保障協力の枠組みを創設し、フランスを含む欧州パートナーを無視したことだ。フランスはニューカレドニアなどインド太平洋地域に領土を有するから、フランスには発言権がある、というわけだ。2つ目は、豪と締結していた原潜共同開発計画の破棄問題だ。米国は今後、フランスを含む欧州にオーカスに関連した情報交換を進めていくことになっている。

オーカス創設の文書には明記されていないが、オーカスの仮想敵国は南シナ海やインド洋・太平洋地域に進出する中国であることは明確だ。豪は中国外交官のスパイ活動を警告し、中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源については、武漢ウイルス研究所(WIV)の調査を強く主張し、中国から強い反発を受けてきた。豪は対中戦線では最前線に位置している。

一方、興味深い点は、フランス国防省は先月20日、646頁に及ぶ「中国共産党政権の影響力を高める行動」の報告書を公表したことだ。同報告書では中国共産党は1948年から統一戦線をスタートし、あらゆる手段を駆使して影響力を広げる工作を実施してきたと指摘し、人権弾圧、法輪功信者への臓器摘出、孔子学院を通じて大学に浸透するなど、中国共産党の世界的戦略を暴露している。同報告書はフランス軍事学校戦略研究所(IRSEM)が50人の専門家による2年間に及ぶ研究調査結果をまとめたもので、フランスの対中政策の柱となる報告書だ。その意味で、フランスは米英豪と同様、中国共産党政権の世界的脅威を警戒してきたわけだ。

参考までに、マクロン大統領が提唱する独自の欧州軍創設は現時点で実現は難しい。EU27カ国の加盟国では、ハンガリーは中国、ロシアに傾斜するなど、欧州の安保問題ではコンセンサスがないからだ。マクロン大統領が独自の欧州軍創設を声高く主張するのは来春の大統領選を考えたうえで、EU内でリーダーシップを発揮する目的の政治的パフォーマンス色が濃い。なお、ブリンケン国務長官の訪仏ではオーカスの対中国政策などについて突っ込んだ話し合いがもたれるだろう。

ロンドン市長時代から親中派だったボリス・ジョンソン英首相は新型コロナに感染し、生命の危機を体験したことを契機に、対中政策の見直しを開始し、現在は中国共産党政権の統一戦線を警戒している欧州の指導者となった。同じように、マクロン大統領は対中政策でこれまで以上に強硬路線に修正していくことが予想されるわけだ。

原潜共同開発問題は少々厄介だ。米英は豪に8隻の原潜の開発で協力することで合意したことで、豪との間で2016年に締結された契約を破棄されたフランス側には経済的損失(契約金500億豪ドル規模)が大きいが、それだけではない。原潜は核兵器ではないが、原子力推進システムでは高濃縮ウラン(HEU)が燃料として利用される。核拡散防止条約(NPT)では、核保有国が非核保有国に原潜の共同開発に関連した核技術や核物質を提供することはできないからだ。非核保有国は核エネルギーの平和利用だけが認められている。

中国外務省は先月30日、米英が非核保有国の豪に高濃縮ウランを必要とする原潜建設を支援すれば、北朝鮮やイランが高濃縮ウラン(HEU)を保有することに対して批判できなくなる」と指摘、米国をダブルスタンダードだとして批判している。

米国にとって豪の原潜開発を支援するのには意味がある。米英にとってインド太平洋の安保では、豪は地理的にも中心的な役割を果たすからだ。原潜は長期潜航が可能であり、運航は静かだから敵から探知される恐れは少ない。豪が原潜を保有すれば、台湾海峡を警備し、必要ならばトマホーク巡航ミサイルを発射できるから、中国側としては脅威だ。ちなみに、原潜は米、英、中国、ロシア、フランス、そしてインドの6カ国が保有している。豪が原潜を開発すれば、世界第7番目の原潜保有国となる。

中国の他、ロシアは米英豪の原潜建設に反対し、同国は先月30日、ジュネーブで豪の原潜開発問題について、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)に提示する意向を明らかにしたばかりだ。中国、ロシアの2大核保有国であり、国連常任安保理事国がNPT違反を理由に豪の原潜の開発に猛反対してくることが予想される。原子力発電所は核エネルギーの平和利用と説明できるが、原潜は明らかに軍事目的だからだ。

豪が原潜を獲得すれば、原潜を保有する最初の非核保有国となる。豪側は「核兵器を開発する考えはない」と声明を発表する一方、米豪はIAEAと緊密に協調していく方針を明らかにしている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。