仏がオーカスに接近する時

「フランス上院議員4人の代表団は7日、台湾総統府で蔡英文総統と会談した。団長のリシャール元国防相には、台湾とフランスの友好発展に貢献したとして、蔡氏から勲章が授与された」―。「台北時事発」の記事を読んで、「フランスが中国を捨てる日が近づいてきた」という感慨が湧いてきた。

ブリンケン米国務長官とジャン=イヴ・ルドリアン仏外相の米仏外相会議、2021年10月5日、パリで(フランス外務省公式サイトから)

チェコ上院議長が台北訪問する時もそうだったが、リシャール元国防相によれば、フランスの訪台北では中国側から激しい反対の声があったという。チェコの場合、台湾訪問予定の上院議長がその直前に急死するというハプニングが起きた。そのため、後継の上院議長が台北を訪ねた(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

ところで、仏上院は5日、記者会見で、「中国はフランスで開いている孔子学院を通じて仏大学や学術界で組織的に政治的影響を行使している」と警告を発した報告書「大学における欧州以外からの国の影響」を発表している。同報告書は243頁に及ぶもので、アンドレ・ガットリン上院外交・貿易・軍事委員会副委員長が9月29日に上院に提出したものだ。

海外中国メディア「大紀元」によると、報告書は国内外の政治家や専門家50人以上と、同国内のすべての高等教育機関を取材した上で作成されたもので、「フランスの研究機関、高等教育界は外国政府(中国)の影響を受けている」と懸念を表明している。報告書の作成責任者であるエティエンヌ・ブラン上院議員は、「全世界範囲で、最も組織的な影響力を行使している国だ」と中国を名指しで批判したというのだ。

「孔子学院」は、中国共産党の対外宣伝組織とされる中国語教育機関だ。2004年に設立された「孔子学院」は中国政府教育部(文部科学省)の下部組織・国家漢語国際推進指導小組弁公室(漢弁)が管轄し、海外の大学や教育機関と提携して、中国語や中国文化の普及、中国との友好関係醸成を目的としているといわれているが、実際は中国共産党政権の情報機関の役割を果たしてきた。「孔子学院」は昨年6月の時点で世界154カ国と地域に支部を持ち、トータル5448の「孔子学院」(大学やカレッジ向け)と1193の「孔子課堂」(初中高等教育向け)を有している(「『孔子学院』は中国の対外宣伝機関」2013年9月26日参考))。

ウィーン大学にも「孔子学院」がある。そこで親中派の大学教授や知識人は中国共産党政府の政策を学会やメディアに広げる。中国側は定期的に親中派教授たちを北京に招待して、接待する。英語で「パンダハガー」(Panda Hugger)と呼ばれる「媚中派」が誕生するわけだ。「パンダハガー」のパンダは中国が世界の動物園に送っている友好関係のシンボルの動物だ。ハガーは「抱く」を意味する。その両者を結合して「中国に媚びる人」「中国の言いなりになる人」といった意味となる(「トランプ政権の『パンダハガー対策』」2020年8月1日参考)。

媚中派は、中国の人権問題、法輪功信者への臓器強制摘出、チベット問題、ウイグル人の少数民族弾圧などのテーマは扱わず、中国政府の政策を支持する記事をメディアに寄稿する。その狙いは「中国脅威論」を払しょくすることだ。

トランプ前米政権が「孔子学院」が中国共産党の情報機関であると暴露したこともあって、「孔子学院」は儒教思想の普及や研究とは関係なく、中国共産党のソフトパワーを広める道具と受け取られ出し、欧米で設置されていた「孔子学院」は次々と閉鎖されてきた(「米大学で『孔子学院』閉鎖の動き」2018年4月13日参考)。

「孔子学院」について調査報告を発表した全米学識者協会のディレクター、レイチェル・ピーターソン氏によると、「孔子学院」の教材には、中国共産党が「敏感話題」と位置付ける事件や事案については取り上げない。1989年の天安門事件や、迫害政策下に置かれる法輪功などは明記がない。また、台湾や香港の主権的問題やチベット、新疆ウイグル地域における抑圧についても、共産党政権の政策を正当化する記述となっている。

興味深い点は、仏上院の「孔子学院」報告書に先立ち、フランス国防省は先月20日、646頁に及ぶ「中国共産党政権の影響力を高める行動」の報告書を公表したことだ。同報告書では中国共産党は1948年から統一戦線をスタートし、あらゆる手段を駆使して影響力を広げる工作を実施してきたと指摘し、人権弾圧、法輪功信者への臓器摘出、孔子学院を通じて大学に浸透するなど、中国共産党の世界的戦略を暴露している。同報告書はフランス軍事学校戦略研究所(IRSEM)が50人の専門家による2年間に及ぶ研究調査結果をまとめたもので、フランスの対中政策の柱となる報告書だ。

米国、英国、オーストラリア(豪)の3国は先月15日、新たな安全保障協力の枠組み(AUKUS=オーカス)を創設する一方、米英両国が豪に原子力潜水艦の建設を支援することを明らかにすると、原潜の開発で豪と既に締結していたフランス側は「契約違反だ」と激怒し、米仏、仏豪の関係は一時険悪化した。メディアは原潜契約問題に焦点を合わせ、米仏間の対立と大きく報道した。しかし、同時期、フランスでは対中政策の抜本的な見直しが進行中だったのだ。オーカスで浮上した問題は、原潜契約違反問題だけではなく、フランスのオーカス参加への模索が始まったことだ。フランス上院議員の台湾訪問団はその先頭部隊ではないか。

バイデン大統領とマクロン大統領との電話会談(9月22日)で両国は関係修復の方向で努力することで一致、ブリンケン米国務長官は5日、訪仏して、オーストラリアの原潜開発計画で険悪化した米仏関係の修復に努力する一方、オーカス創設の目的、対中政策の協調について突っ込んだ話し合いが持たれたはずだ。今月末には欧州でバイデン・マクロン両大統領首脳会談が計画されているが、その時、フランスはオーカス参加の意思表明をするのではないか。

ちなみに、フランスはニューカレドニアなどインド太平洋地域に領土を有するうえ、植民地時代に多くのアジア諸国を統治してきた国だ。インド太平洋地域での安保・防衛上の枠組みに参加することはフランスの国益と一致するはずだ。ただ、欧州の軍事大国・英国がフランスのオーカス参加には難色を示すことが考えられる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。