山本太郎さんが東京8区から衆議院議員選挙に出馬することを明らかにした。菅義偉前総理、萩生田経産相の選挙区から出馬するとみられていたものの、東京8区を選んだわけだが、まずは歓迎したい。ただし、筆者の地元に来るというのは噂には聞いていたが、実際決まってしまうと、衝撃ではあった。
東京8区は、方南1・2丁目以外の杉並区を中心とした選挙区。有権者数は47万人くらい。23区の西端に位置し、かっては「東多摩」と言われた地域。中央線が中央を走り、吉祥寺と渋谷という有数の繁華街を結ぶ井の頭線も通っている。23区内では平均年収10位、住みたいランキングで5位、ファミリー層が多い、文教地区である。
こういった特徴を持った東京8区から山本太郎が出馬するのか?という疑問を持った方も多いだろう。なぜなのだろうか。
理由:勝てるから!
第一の理由は、勝てるから。それに尽きる。前回選挙の投票結果をみてみよう。
前回の選挙では
- 石原伸晃(自由民主党) 99,863
- 吉田晴美(立憲民主党) 76,283
- 木内孝胤(希望の党) 41,175
- 長内史子(日本共産党) 22,399
- 円より子(無所属) 11,997
- 斎藤郁真(諸派) 2,931
という結果であった。共産党の票数と希望の党の一部の票数を見込んだら、勝てると踏んだのだろう。この票数を分析すれば、当然だと思う。
第二の理由は、過去に選挙に出たからであるだろう。選挙での経験があり、土地勘があり、地域を知っている。敗戦したことへの忸怩たる思い、個人的な感情もあるだろう。
ちなみに2012年の選挙では、
- 石原伸晃(自由民主党) 132,521
- 山本太郎(減税日本) 71,028
- 円より子(民主党) 54,881
- 上保匡勇(日本共産党) 23,961
とかなりの健闘を見せていた。リベンジマッチというところだろうか。
杉並区民の声
しかし、なぜ杉並?という地元民としての疑問もある。山本さんは「石原さんは今も岸田政権を支えている。経済再生担当大臣だった時、消費税を15%、掲げて選挙と言っていた。消費税は社会保障に一部しか使われていない。消費税が上がり法人税が下がる、大企業への減税の穴埋めだ」と主張した。しかし、この言葉を真剣に受け止められない。
すでに石原伸晃さんは政治的には「パワー」「勢力」を失っていたことも事実である。安倍政権の中心人物でもなかった。与党の重鎮ではあるが、ただ、それだけ。派閥は人数が減少して、今や11人で最小派閥になってしまった。石原伸晃さんはとっても感じのよい、知的な方という印象だが、政治的なふるまいではその能力がいかせず、麻生太郎さんに「平成の明智光秀」呼ばわりされたりと政界でのプレゼンスは低下していた。厳しい言い方だが、政治的には今後も浮上の見込みがあるとは思えない。そんな「弱っていた」人のところに、乗り込んでくるのである。
そもそも、立憲民主党には吉田はるみさんというとても優秀な人が候補としていたので、できるなら、別の選挙区で出て欲しかった。
- 安倍総理のところ(山口第4区)
- 萩生田さんのところ(東京第24区)
- 甘利さんのところ(神奈川第13区)
など選択肢はほかにもあっただろう?そうすればもっと盛り上がったのに!と思うのは筆者だけだろうか。当選することが優先され、「安倍菅政治の審判」という大義は優先されなかったことになるわけで、それはそれで残念であった。
山本太郎の可能性
改めて山本さんの経歴を振り返ってみよう。1974年兵庫県生まれ。俳優として活躍。東日本大震災を受けて、反原発運動に参加。メディアから干された状態になり、政治活動家に。2013年の参院選で当選した。「れいわ新選組」を立ち上げる。現在は党の代表。
彼の強みは、コミュニケーション能力の高さと対話能力である。相手の聞きたいことに対して、しっかり答える。わからないことは、わからないと言う。反対意見にもじっくり耳を傾ける。特に凄いのが、ネガティブな意見にさらされても、丁寧に答えること。相手の意見には、意見や立場の違いがあっても尊重したうえで、対応している。相手の話を聞く態度、巧みな話術、プレゼン能力、主張、ベースにある有権者・主権者への敬意・・・それは人を引き付ける。民衆に語り掛け、フラットな立場で触れ合い、群衆の中に入って対話する。その姿勢に筆者は尊敬の念すら感じている。
ターンアラウンド研究所のコンサルタントの中島由美子さんに声の分析をしてもらうと「軸が強いぶれない信念を持っている」と分析。さらに、自分の軸を持ちながらも「リーダーとして多くの人に影響を与えることができ、さらには、世のため人のために行動を起こすことを惜しまない人」という結果になっている。
「〇〇のせいだ」こそ分断につながらないか?
れいわ新選組の公約を見てみよう。具体的には、
- 消費税を廃止
- 空き家、中古マンション、団地を活用し、全ての世代が初期費用なし、安い家賃で住める公的住宅を拡充
- 全国一律!最低賃金1500円「政府が補償」
- 奨学金に苦しむ555万人の借金をチャラに
【出典】れいわ新選組公約
といった政策が並んでいる。弱者の救済としては「成長なくして分配なし」を掲げる岸田政権より、具体的で、かつ、寄り添った、「本物の」政策である。
しかし、何事もわかりやすく単純化しているようにも思える。この30年の経済停滞の原因を日本政治の責任に帰属させるのは単純化しすぎではないか。
政治はあくまで経済活動の環境を整備したり、支援することくらいしかできない。莫大な政府予算の使い方を決める以外は、金融政策、税制、経済政策、ルールづくり、経済活動への規制、特定産業の補助、産業育成のためのサポート、中長期的には人財育成や教育など、経済社会で政府が及ぼせる影響力や役割は限定されている。自由主義社会であるから、第一義的には企業に行動を変革してもらわないと経済はよくならないのだ。
今回のコロナ禍の「テレワーク」でも明らかになったように、大企業に対しては「お願い」くらいしかできない。有名企業の中にはタックスヘイブンを使用して、税金を日本に払ってくれない企業もある。企業は政治献金や人間関係の深さ故に、政治に対して影響力を行使もしてきたし、多大な影響力を行使している。強大な権力であり、既得権である経済界に対して批判するのが先であろうと思う。
また、日本経済の現場にいれば、日本経済の停滞ぶりの原因が、政府の能力や責任だけではないことには気づくだろう。
経営責任を取らず社内政治にいそしむ支配者、内部告発を握りつぶす企業、権威主義的な風土・「空気」の支配、能率的でない仕事のやり方、前例踏襲の組織行動、権力や成功体験を押し付ける幹部層、会社の長期的利益よりも自分のポジションや立場最優先の経営者、世界のライバルと比較したビジネスマンの相対的能力、情報弱者を食い物にしようとするようなサービスを提供する企業、デジタル化されない手続き等、グローバル化した社会において競争力が低下している原因はたくさんある。
山本太郎さんの考え方に一部共感はするが、「〇〇のせいだ」という言説こそ分断につながらないか?と思って残念に思ってしまうのだ。政治を「対決エンターテイメント化」するのもいいが、「未来のビジョン」を語り、「実現可能な具体策」を説明し、対話する、そんなリーダーになると期待している。