チェコ総選挙後の政権交代は不透明

中欧のチェコで8日、9日の両日、議会選挙(下院、定数200)が行われ、実業家で億万長者のアンドレイ・バビシュ首相が率いるポピュリスト運動「ANO2011」が反バビシェで結束したリベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟に僅差ながら敗北した。その結果、野党連合が連立政権の組閣に取り組む予定だが、選挙結果を受けて新政権の組閣を要請する立場のミロシュ・ゼマン大統領(77)は10日、バビシュ首相との会合後、倒れて病院に搬送され、集中治療室に入るという事態が生じ、政権移行プロセスにストップがかることが予想される。

チェコの政権の行方を握るゼマン大統領習近平国家主席と会談するチェコのゼマン大統領(新華網日本語版から、2019年4月28日)

Spoluと「海賊・STAN」の2つの選挙同盟の議席を合わせると108議席で過半数をクリアした。Spoluは保守的な民主市民党(ODS)、「キリスト教民主同盟」(KDU-CSL)、そして市民自由党TOP09の3党から結成され、得票率で27.8%を獲得し、27.1%のANOを破ったことから、連立政権工作で主導権を握った。ただし、同国の憲法では組閣要請は大統領の任務だが、ゼマン大統領が病院に搬送されたため、政権移行は停滞する。その上、ゼマン大統領は、「第1党が連立工作の権利がある、選挙同盟ではない」と、これまで何度も表明してきただけに、ゼマン大統領が退院し職務に復帰したとしてもANOからSpoluへ組閣要請が出るかは不明だ。なお、両選挙同盟はANOとの連立は拒否している。

ちなみに、ゼマン大統領は親ロシア、中国派の政治家だ。チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長が昨年8月、台湾を訪問する際には中国からの要請を受け、強く反対してきた人物だ。同大統領はここ数年、健康が悪化し、再選後もほとんど外国訪問ができていない。チェコのメディアによれば、ゼマン大統領は肝臓を悪くしているという。

と連立を組んできた社会民主党(CSSD)は議席獲得に必要な得票率5%の壁をクリアできなかった。その他、共産党(KSCM)、「プリサハ」(誓約)も同様だ。トミオ・オカムラ(岡村富夫)氏が率いる極右派政党「自由と直接民主主義」(SPD)は得票率9.6%を獲得して議会に進出した。

バビシュ首相は9日夜、選挙の敗北を認め、Spoluのトップ候補者、ODSの党首ペトル・フィアラ氏を祝福している。その一方、ゼマン大統領の決定待ちという姿勢を崩していない。なぜならば、政党としてはANOが第1党だからだ。問題は、ANOに組閣要請が出たとしても、どの政党と連立が組めるかだ。連立を組んだCSSDは議席を獲得できなかった。少数政権を政権外で支持した共産党も議会外だ。

チェコの選挙戦は激しい他党批判に終始した。選挙戦終盤に入ってタックスヘイブンを利用する政治家、著名人を調査した「パンドラ・ペーパー」が公表され、億万長者のバビシュ首相の名前がそれに掲載されていたことから、野党やメディアはバビシュ首相を追及してきた。海賊党の党首、イヴァン・バルトシュ氏は「腐敗の兆候がある」として調査を要求した。同首相は、「いつものことだ。不動産の購入は事実だが、不法なことはしていない」と否定する一方、「この種の議論にはうんざりした。選挙で第1党になれなかったら私は政界から足を洗う」と警告を発していた。バビシュ首相は過去、首相自身が創設したAgrofert会社に欧州連合(EU)補助金の不正使用の疑いが浮上し、EU側も調査に乗り出した経緯がある。

チェコでも新型コロナウイルスの感染が拡大し、一時期、人口比では欧州で最も多くの死者を出した。ANOとCSSDの連立政権はコロナ対策の欠如を批判され、世論調査でも支持率を落としたが、ワクチン接種キャンペーンを開始し、新規感染者が減少。バビシュ首相は政権の成果を有権者に訴える一方、公共部門の賃金、給与、年金のアップを公約してきた。

なお、Spoluと「海賊・STAN」の2選挙同盟は政治路線が全く異なる。選挙戦ではバビシュ降ろしで結束できたが、連立工作が始まれば相違が浮き出てきて組閣工作が難航することが考えられる。投票率は65%弱で、前回選挙(2017年)の61%より上回った。

なお、ブリュッセル(EU本部)はチェコの総選挙の動向を注視している。チェコは来年下半期のEU理事会議長国だ。EU懐疑派で移民受け入れを拒否するバビシュ政権の継続はEUにとっては歓迎できない。

いずれにしても、総選挙後の新政権発足の鍵は集中治療室(ICU)に横たわる大統領が握っているわけだ。大統領が職務履行能力を失った場合、チェコは憲法危機に陥ることになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。