新しい資本主義ってなんだ?

岸田首相が強く提唱する「新しい資本主義」についてさまざまな解釈が生まれてきています。本稿10月7日の「3人の富の再分配論」で述べたように岸田首相の新しい資本主義には富の格差是正を国家主導型、つまり政策や支援策、税体制の見直しを通じて行うことでよりフラットな社会を目指しているように見えます。

首相官邸HPより

この傾向は岸田氏が突然言い出したというより、多くの先進国の主要都市ではリベラル化の声が強まる中で岸田型フラット構造の構築について中間層の「お尻を下から持ち上げる」手法を取ろうということかと思います。

資本主義という大所高所の大枠を変えるようなこのキャッチが妥当なのかわかりませんが、岸田型はユニークであり、かつ、いかにも日本的であると考えています。

資本主義も様々な形があります。日本を含む西側諸国の多くはリベラル資本主義、中国は政治資本主義と称しています。政府の介入度合いに応じて強いものから国家資本主義、ケインズ型資本主義、新自由主義ともされます。北欧の福祉型資本主義もあります。資本主義だけでも一義でなく、また時代と共に形も価値観も変わっていく中で日本が目指す資本主義が一体どういう形で国民が幸福になり、企業が成長する軌跡を辿ることができるか、これからの30年間のビジョンの中で議論すべきことと思います。

岸田氏の「新しい資本主義」の主張はその説明が淡泊すぎるように思えます。つまり、国家の関与はどうするのか、米中という大国に挟まれた中でどちらかとアライアンスを結ぶのか、それとも日本独特の社会を作り出すのか、を含めたテーゼが欲しいところです。

そこで岸田氏の発想を私が勝手に想像します。多分ですが、岸田型資本主義とは「サラリーマン型フラット構造」を目指しているように見えます。集団合議を重視し、出し抜けより皆で一歩ずつ着実に歩を進める、そんな国家観を感じています。官民が協調しながら民主的手法をとる、といったものもあるでしょう。

ところで、外から見ると日本の企業は誰が最終決定者かわからないとされます。権限が細かく分かれていますが、実際には上司への報告が重層的に行われ、最終的には取締役会などで議論されるも、そこに至るまでに銀行や株主などとの果てしない調整が行われます。では役員会でそれら調整事項を踏まえた上で結論が出るかというと「次回持越し」ということはしばしば発生します。

これが世界の中で日本が周回遅れになった最大の理由の一つなのですが、岸田型フラット構造はこの遅れを増長する結果となりかねません。つまり、富の再分配だけをしたいのか、令和版所得倍増という成長をしたいのか、ある意味二律背反することを同時に俎上に載せたようなもので市場はこれに対して混乱した、これが岸田氏が総裁になってから株式市場が冷や水を浴びせた理由とみています。

つまり、呪文のような話が「新しい資本主義」と言えるのです。

私は昔からある信念があります。経済成長は差があるがゆえに成長するのだ、と。今、成功している多くの創業者は割と貧乏だった、あるいはハングリーだった方が多いのです。それは日本に限らず世界どこでも、です。サケの遡上と同じでリーダーが先頭を引っ張ることが必要なのです。ではなぜ、日本は中間層が没落したのでしょうか?

個人的には2つの理由が強くあるとみています。一つは非正規雇用が悪い形で日本型の典型となったこと、もう一つは極端なインフレ警戒志向です。非正規雇用という雇用形態そのものは悪くはなく、雇用のオプションの一つだと思っています。ただ、日本に於いてそれまでの終身雇用の慣行を打ち破り、IT化に伴う効率化の一環で人件費を極端に削る経営に走ったのです。挙句の果てにサラリーマンの賃金のピークは50歳前後でそこからは大幅減になることすら許容しました。

これが被雇用者の所得減を招き、価格センシティブな社会を作りました。つまり、異様な節約型社会で価格第一主義が生まれたのです。これは「失われた20年」の最大の特徴でもあります。日本の商品価格が低位でデフレすら招いた要因は私の見立ては企業が人件費を削りとって生まれた現代版「蟹工船」状態にあったとみています。

ではお前ならどうするか、ですが、比較的簡単な気がしています。最低賃金を自動的に毎年5%ずつ上げる、これでよいと思います。この効果は最低賃金の人だけがスライドするのではなく、それより多くもらっている人も「実質賃金差」を確保するために全体がスライド上昇する仕組みになります。「最低賃金毎年5%上昇なんてキチガイ沙汰だ」と言われるかもしれませんが、北米の企業や経営者は皆、それを耐えて乗り越えてきています。また今回のノーベル経済学賞の受賞研究はこの人件費の上昇と企業経営で影響がないという点を証明しています。

もう一つは法令手当をきちんと出すことです。国民の祝日に働いても割り増しがつかないのはおかしいと誰も思っていないでしょう。祝日は労働基準法により割増の付与義務がないと定められているのです。これを改変することを含め、従業員にきちんとした報酬を払う癖をつけるのです。

岸田首相の考える小難しい小手先論ではなく、北米の最低賃金15㌦時代において50%を差をつけられ、結果として物価ギャップが大きすぎて貧乏くさくなることを避ける、これでいいのだと思います。中間層や低所得者層がこれで上から引っ張り上げる形で底上げされる際、企業は働き方を改革せざるを得なくなります。そうではないと利益が上がらないからです。この繰り返しで社会は確実に変わると思います。

その点からすれば新しい資本主義なんて小難しいこと言わず、案外抜け落ちているやるべきことをやる方が簡単だろうと思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年10月12日の記事より転載させていただきました。