外遊できない国家元首の様々な理由

中国の習近平国家主席は英グラスゴーで来月1、2の両日開かれる国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)首脳会合を欠席する見通し、というニュースが入ってきた。予想されたことだ。なぜなら習近平主席は中国武漢で新型コロナウイルスの感染が広まって以来、昨年1月のミャンマー訪問を最後に、2年余り外国訪問をしていないからだ。

外国訪問を避ける習近平国家主席(2021年10月14日に開催された第2回国連グローバル持続可能な交通会議の開会式でビデオで基調演説する習近平主席、新華社国営通信から)

習近平主席は欧州連合(EU)首脳やバイデン米大統領との首脳会談はもっぱら電話会談で済まし、対面会議は避けてきた。ただし、習近平主席は世界の首脳たちとその期間、60回あまり電話会談しているから、急に人見知りになったわけではないだろう。実情は会談したいが、対面会談はできないというのだ。もう少し突っ込んで言えば、他の首脳陣と対面会談するための外国訪問は出来ないわけだ。

外に行くのが億劫になるほどの高齢者ではない68歳の習近平主席が外国訪問を避ける理由については、中国メディアでこれまで様々な憶測が流れている。最もよく言われるのは、習主席は「暗殺を恐れている」という説だ。大国・中国ともなれば、1人や2人、3人の政敵がいても不思議ではない。習近平氏は14億の中国人の国家元首だ。任期を延長して終身君臨を目論む主席には当然、数多くの政敵がいるだろう。

海外中国メディア「大紀元」ではその辺の事情を詳細に報じているから、関心のある読者は読まれたらいい。「大紀元」によると、習近平主席は2012年に国家元首に就任して以来10回余り、暗殺の危機があったという。毛沢東となるとその数は60回というから、中国共産党の歴史は残虐な歴史を有しているわけだ。

もう少し、習近平氏が外遊したくない理由を考えたい。2番目の理由はやはりコロナ感染を恐れているからというもの。外国を訪問すれば多くの政治家、関係者と話したり、食事を共にしなければならない。習主席に基礎疾患がないとしても感染する危険は高まる。基礎疾患がある場合、外国訪問が命取りとなる危険性が排除できない。賢明な習近平主席が、“外国訪問で政治指導者と対面会談する緊急議題はない”と考えても不思議ではないだろう。

マクロン仏大統領のように、まだ若く、来年に大統領選挙が控えているとなれば、国内の問題でポイントが難しい場合、外国を訪問し、外国の大統領や首相らと対面している写真をフランス国民の手元に配信する必要も出てくるかもしれない。国益を守るために海外で奮闘する“われらが大統領”といった感じだ。習近平氏の場合、選挙はないし、国民の機嫌を取る必要もない。

習近平氏の場合、政治的な理由(暗殺対策)や感染症予防(コロナ感染対策)のために外国訪問しないケースだが、再選してから病院入院や健康問題に追われ、外遊どころではない国家元首といえば、チェコのゼマン大統領(77)を思い出す。チェコで8日、9日の両日、議会選挙(下院、定数200)が実施され、アンドレイ・バビシュ首相が率いるポピュリスト運動「ANO2011」が反バビシュで結束したリベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟に僅差ながら敗北した。その結果、野党連合が連立政権の組閣に取り組む予定だが、選挙結果を受けて新政権の組閣を要請する立場のミロシュ・ゼマン大統領は10日、バビシュ首相との会合後、倒れて病院に搬送され、集中治療室(ICU)に入るという事態が生じ、政権移行プロセスがストップしている。

プラハからの報道によれば、ゼマン大統領報道官は、「11月8日に選挙後の最初の議会(国会)を開催する」というから、野党の選挙同盟が組閣の要請を受ける可能性がでてきた。バビシュ首相も15日、「野党になる。選挙同盟に組閣を委ねる」と述べているから、選挙後のゴタゴタも終結するかもしれない。

ゼマン大統領は欧州では「外遊しない国家元首」と呼ばれてきた。それにしても、健康問題で外遊もできない大統領を選挙で再選させたチェコ国民にも責任の一端はある。

外国訪問できない国家元首と言えば、既に故人となったオーストリアのワルトハイム大統領(在任1986~92年)を思い出す。世界ユダヤ協会はナチス・ドイツ軍の戦争犯罪容疑でワルトハイム氏を戦争犯罪人として酷評、メディアはそれに合わせてワルトハイム氏を批判する記事を流し続けた。EUは加盟国にオーストリア訪問を避けるように要請したため、ワルトハイム大統領の任期中、ウィーンを訪問をする国家元首はいなかった。もちろん、招待状も届かない。メディアはウィーンの大統領府に留まるワルトハイム氏を「寂しい大統領」と呼んだほどだ。

習近平氏は暗殺を恐れ、コロナ感染対策のために中国国内に留まり、ゼマン大統領は健康悪化でもはや外遊できる体力がなく、ワルトハイム氏の場合、過去の戦争犯罪疑惑で国際社会から孤立したため、外遊はできなかった。以上、外国訪問しない、できない3人の国家元首の事情を紹介した。

蛇足だが、北朝鮮の金正恩労働党総書記の場合だ。彼は習近平主席に似ている点がある。当方は「金正恩氏の留守中『誰』が平壌を管理」2018年3月30日参考)で書いたが、北の独裁者の場合、平壌を留守にすることは容易ではない。誰を留守居役にするか、誰を随行させるか、移動手段は飛行機か電車か、など、考えなければならない懸念材料が山積している。北の独裁者を暗殺したい勢力が労働党内、人民軍内で機会をうかがっているからだ。

金正恩総書記は2018年3月8日、2011年の実権掌握後、初の外国訪問として中国を非公式訪問した。北朝鮮発の特別列車が北京に到着した時、誰が乗っているかで国際メディアはスクープ合戦を展開した。北朝鮮の朝鮮中央通信が同日公表したところによると、金正恩氏の訪中には「ファースト・レディーの李雪主夫人のほか、崔竜海党副委員長、朴光浩党副委員長、李洙ヨン党副委員長、金英哲党副委員長兼統一戦線部長ら」が同行した。そして、実妹の金与正労働党副部長は平壌に留まり、留守番していたことが明らかになった。

北の場合、独裁者は事前に海外訪問の日程を公表しない。公表は常に訪問が終わった帰国後だ。すなわち、「これから訪問します」ではなく、「われわれの首領様は訪問されました」という過去形とならざるを得ないわけだ。独裁者が自国を留守にする時、誰がその留守居役を担うかは、その独裁政権の政情を知る上で非常に重要な情報を提供する。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。