Pop&Rockのリマインダー/ビートルズ『Beatles for Sale』

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世界ツアー

全米デビューが大成功して世界一の人気者になったビートルズは、1964年の中頃から最高に忙しい日々を過ごしていました。6月には、デンマーク・オランダ・香港・オーストレイリア・ニュージーランドと続いた世界ツアーを終えると、7月には映画『A Hard Day’s Night』の公開と3rd アルバム『A Hard Day’s Night』の発売、そしてスウェーデンへの短期ツアーの後は8月・9月と約1カ月にわたる全米ツアーがありました。ビートルズはツアーの最後にその後の音楽性に決定的な影響を受けることになるボブ・ディランと会うことになります。

そんな中、ビートルズはツアーの合間を縫うようにレコーディングを行い4曲入りのEPとシングルを発売します。

■Long Tall Sally [ビートルズ公式]
ビル・ヘイリーの”Rock Around the Clock”と共にロックンロールというジャンルを世界に知らしめたリトル・リチャーズの1955年の名曲です。この2曲は同じブルース形式ですが、 “Rock Around the Clock” がヒルビリーの影響を強く受けているのに対し、この曲はゴスペルの影響を強く受けています。素晴らしいのはポールのヴォーカルが、リトル・リチャーズの究極にパンチの効いたヴォーカルに引けを取ることなく、エネルギッシュにシャウトしまくっていることです。ロカビリーを愛好したジョージのギター・ソロも冴えてます。ビートルズはロックンロールの最高のカヴァー・バンドでもあります。

■I Call Your Name [ビートルズ公式]
ジョンがビートルズ結成前に書いた曲です。アレンジは前アルバムの “You Can’t Do That” のようにペースメーカーのカウベルが推進力となり、ジョージの12弦ギターが8ビートのリフを被せてきます。間奏になると4ビートに移行してスウィングし、再びコテコテの8ビートを刻みます。この曲の面白いところです。

■Slow Down [ビートルズ公式]
24小節のポップなブギウギです。ビートルズには珍しく、なんと1コーラスが前奏に充てられています。ブレイクからのリンゴのフィルインが冴えてます。ジョンのシャウトも激しさを増しています。ギターソロは “I Call Your Name” と似たようなフレーズで入っています。24小節のブギウギでは同一コードの小節数が12小節のブルースの2倍になりますが、この曲のソロでは、微妙に異なるフレーズを繰り返して表現し、一人掛け合いしているのがわかります。

■Matchbox [ビートルズ公式]
ロカビリーの先駆者、カール・パーキンスのガチガチのブルース曲のカヴァーです。ヴォーカルはリンゴです。ビートルズはパーキンスの信者であり、レコーディングには、パーキンスが見学に訪れました。ギター・ソロにおいて、ジョージは「先生どうですか」みたいな感じで、正統派ロカビリーに徹するプレイを魅せています(笑)

[ビートルズ公式]

■I Feel Fine [ビートルズ公式]
冒頭はギターのフィードバック音(ハウリング)から始まります。ビートルズは、ジミヘンの先を行ってました(笑)。最高のフレーズで構成されるジョンとジョージの二双のギター・リフが16ビートのリズムに乗ってキラキラ輝くように繰り返されます。これにビートルズの究極のコーラスが加わり、最高に心地よい気分を感じることができる曲です。リンゴが曲の進行に伴って、ホントにうまく演出を変化させているのと、ギターソロの最後に聴かせてくれるフィルインがまた最高です。このメチャクチャ美しい全米No.1曲のエンディングは、ジョンが印象的に口ずさむ”Woo mm”です。

■She’s a Woman [ビートルズ公式]
24小節のブルージーなブギウギです。オフビートにヒットさせるジョンのリズム・ギターが創るレゲエ風のビートを基本として、4小節の短いブリッジにおける4ビートへの変化が心地よいアクセントになっています。ポールのヴォーカルは抜群にソウルフルですし、ジョージのギター・ソロも相変わらず軽快でキャッチ―です。ポールのベースとリンゴのショーカリョがリズムに深みを与えているのと、ポールが多重録音でピアノを弾いています。まぁ、普通に考えて、彼女は女性ですよね(笑)

4th アルバム『Beatles for Sale』

ビートルズ・フォー・セール』というタイトルで1964年12月04日に発売されたこのアルバムは、サウンドトラックの『イエロー・サブマリン』を除き、ビートルズのオリジナル・アルバムの中で一般的に最低の評価を下されているアルバムです(笑)。超過密スケジュールの中、ツアーの合間を縫うようにして、クリスマス商戦に間に合わせるように創られたため、下積み時代に演奏していたカヴァー曲が多く、「やっつけ仕事」で作ったように考えられています。

[ビートルズ公式]

確かに「クリスマスに合わせるため、ベストなエントリーではなかった」というのは、そうなのかもしれません。ただ、カヴァー曲はいずれもビートルズが音楽の師と仰いでいたミュージシャンのカヴァーであり、ビートルズの音楽の根底にあったイデオロギーを解釈する上でとても面白いアルバムであると思います。先述したように、ビートルズはロックンロールの最高のカヴァー・バンドでもあり、多くの場合、オリジナルを完全に凌駕しているのです。

その一方で、オリジナル曲では、”No Reply”, “I’m a Loser”, “Baby’s in Black”, “Every Little Thing”, “I Don’t Want to Spoil the Party”といったフォーク・ロックの佳曲も生まれています。私にとってはビートルズの他のアルバムと同様、愛くるしいアルバムの一つです。

[Beatles for Sale ビートルズ公式音源]

■No Reply
アルバムのオープニングは、自分ではどうにもならない心の叫びを表現したジョンのヴォーカルから始まる青春のほろ苦い1ページを歌った曲です。前アルバムのエンディング曲”I’ll Be Back”から継続しているようにも聴こえるリズム・ギターの8ビートのストロークとリンゴの安定したドラム、そしてメンバーによるビートが加えられていないイーヴンのハンドクラップが無情な時を刻み、主人公の無力感を印象付けているように感じます。

■I’m a Loser
この曲は、ボブ・ディランの影響を受けた曲と言われています。米国ツアーの最後にビートルズがディランと実際に会ったのはこの曲のレコーディングの1か月後です。これまで恋の曲に終始してきたジョンが「自分は失敗者」という曲を創った点では、ディランの影響を受けたと言えますが、その演奏フォーマットはビートルズの方が数段洗練されています(勿論、ディランの音楽スタイルは音楽的に洗練されていないことを意識したものですが…)。サビの部分でのポールのご機嫌なウォーキング・ベースがたまりませんし、ジョージのC&W風の間奏も印象的です。当時のディランはまだドラム演奏を導入していないため、客観的に見れば、ビートルズがディランよりも先にフォーク・ロックを演奏したということになります。ハーモニカも元々ジョンの演奏スタイルの一つでした。ちなみに、ジョンの曲で最もディランの音楽性の影響を受けた曲と言えば80年代のソロ作品[Nobody Told Me]であると私は思います。

■Baby’s in Black
この6/8拍子のレノン=マッカートニー作品は、ジョンの中音とポールの高音が入れ替わりながらテーマを構成する見事なコーラスとジョージの控えめなギターの味付けが決め手です。この曲は後に誕生するカントリーロックに影響を与えたとされています。

■Rock and Roll Music
2回目の米国ツアーで実際に会ったチャック・ベリーのロックンロールの名曲を、ジョンがまたまた究極にワイルドな歌唱でカヴァーしました。楽しさ溢れたバックの演奏を含めてオリジナルのパフォーマンスを遥かに凌駕しています。このプロフェッショナルなドライヴ感は、やはり、ハンブルグでの経験がベースにあるのでしょう。ワンテイクの録音です。忘れてはいけないのは、プロデューサーのジョージ・マーティンによるコテコテのピアノ・プレイがかなり曲を盛り上げていることです。

■I’ll Follow the Sun
ポールが16才で作ったとされるホッコリする美しいバラッドです。単純そうで実際には変化があるフォーク・ソング風の曲想は、その後に深みを増して”Fool on the Hill”に繋がったのではと想像する次第です。リンゴはスティックを置き、自分の身体を叩くボディ・パーカッションで対応しています。

■Mr. Moonlight
この曲は、私にとって、このアルバムのハイライトです。オープニングのジョンの情熱的な魂の叫びのような迫力満点のアカペラは何度聞いても惚れ惚れします!ロック・ヴォーカリストとしてのジョンのパフォーマンスの中で最高峰に位置するものと考える次第です。このジョンのリード・ヴォーカルを引き立てるように、ドライヴ感満点のリフを奏でるギターと流れるようなヴォーカルのアンサンブルで曲は進行していきます。リンゴはコンガをジョージはアフリカン・ドラムを担当し、決め手はポールの抑揚たっぷりのハモンド・オルガンのバッキングとソロです。

この曲のオリジナルは、ドクター・フィールグッドのR&Bですが、ビートルズのパフォーマンスのスタイルと曲想は、スペインとポルトガルの伝統音楽である[ラ・トゥナ la Tuna]というジャンルに近いと思います。スペインとポルトガルの伝統音楽と言えばフラメンコとファドが日本では有名ですが、街中のレストランでは、むしろラ・トゥナの生演奏を聞くことができます。ラ・トゥナは学資や生活資金稼ぎのためのアルバイトとして大学生の4~5人のグループが奏でるヴォーカル&ストリングのサウンドであり、その始まりは13世紀に遡ります。ジャンルの重要なテーマの一つはセレナーデであり、恋の成就を月に感謝するこの曲にも被ってきます。

いずれにしても、この曲からはラテンのハッピーなハーモニーを強く感じます。そして、あえて言えば、ジョンの歌唱からは、ファドの迫力、フラメンコの芸術性、そしてカンツォーネの愛情を同時に感じることができます。見事です!

■Kansas City / Hey-Hey-Hey-Hey!
とってもアメリカンなブルース曲のメドレーです。ポールの歌唱はR&Bに強い影響を受けて、けっして跳ねない横ノリのビートでスウィングしますが、”Kansas City”の”going get my baby back home”のフレーズではC&W風の縦ノリのビートを見事に表現しています。10年後、ポールはウィングスを率いてアメリカ縦断ツアー行いますが、そのパフォーマンスの「ノリ」のルーツはこの曲にあると考える次第です。なお、ジョージのロカビリーのギター・ソロも炸裂しています。Hey-Hey-Hey-Hey!では、ポールの”Hey-Hey-Hey-Hey-Hey”に対してバッキング・コーラスのジョンとジョージがファンキーなシャウトで返します。このパフォーマンスからは、キャブ・キャロウェイの[Minnie The Moocher]の掛け合いを想起します。

■Eight Days a Week
12弦ギターのオープニングでフェードイン効果を狙ったビートルズですが、私は狙い過ぎだと思っています(笑)。ジャズ・ファンとして言わせていただくと、ライヴ・レコーディングでサンプリングの音量を間違えていきなり調節したみたいな、ちょっとバツが悪い感じの仕上がりになっていると思います(笑)。この曲でもビートルズ・メンバーのハンドクラップが耳に残って最高です。条件反射で手を叩いてしまいます。”just like I need you”の後のジョンの”Oh o”は色っぽいですね。本当にビートルズが忙しかった時期を象徴する全米No.1曲です。

■Words of Love
バディ・ホリーのカヴァーです。ジョージがキャッチ―なギター・リフを快調に奏でています。このアルバムのカヴァー曲は、いずれも下積み時代に演奏していた曲であり、このアルバムをなんとかクリスマスに間に合わせるために「蔵出し」されたのは自明です。

■Honey Don’t
ジョージが尊敬するカール・パーキンスの曲のカヴァーでリンゴが歌っています。聴きどころはジョージのギターに尽きます。ロカビリーのブルースにありがちなコテコテのステレオタイプのベースラインをローポジションの5&6弦を中心に表現し、間奏のリフをハイポジションの1~4弦で軽快に奏でるジョージの明るくキャッチ―なギタープレイが愉しめます。ジョージのギター・プレイの素晴らしいところは、絶対にごまかすことなく、オリジナルよりも完璧に音とリズムを再現するところであり、ここにロック・バンドとしてのビートルズの強みがあると考えます。

■Every Little Thing
哀愁も感じられる美しいメロディーの曲です。ギター・リフとベースラインも美しく、特にブリッジに行く前のベース&ピアノの下降ラインが耳に残って大好きです。そして決め手は、何と言っても「(エヴィリ~ル~ティインシダズ)ドドン!」と大げさに響くリンゴのティンパニです(笑)。この重厚なティンパニの存在が、この曲に壮大なドラマ性を加えています。

■I Don’t Want to Spoil the Party
この曲の曲想とパフォーマンスは、まだ世に出ていないサイモンとガーファンクルのフォーク・ロックのスタイルそのものであり、カントリー・ロックのスタイルにも影響を与えたとされています。確かにチェット・アトキンスを意識したジョージのカントリー風の爽やかなギター・ソロは逸品です。まさにビートルズはロック音楽におけるマイルス・デイヴィス的な役割を果たしていたようにも思います。

■What You’re Doing
珍しくイントロを奏でるリンゴのドラムスとジョージのギター・リフで特徴づけられるポップな曲です。何とも自然なジョージのギター・ソロは特に突出しない日常的な優しさを感じます。このような平凡な曲も聴き捨てがたいところがあるのがビートルズの魅力です。

■Everybody’s Trying to Be My Baby
リード・ヴォーカルとリード・ギターをとるジョージを前面に出したカール・パーキンスのカヴァーです。基本はロカビリーのブルースですが、12小節のコーラス間に繰り返されて曲のアクセントとなっているクリアなギター・リフのフレーズは、この後に70年代初頭まで時代のバックグラウンド・サウンズとなった「ロック・ギター・サウンズ」のプロトタイプのような感すらします。その意味でこの曲のパフォーマンスはめちゃくちゃ光っていると思いますが、その分、まだまだ聴きたい継続性に駆られるため、アルバムの最後を飾る曲としては消化不良を起こし、不適であったように思います。やはり、エンディングは、Twist And Shout、Money (That’s What I Want)のように燃え尽きるか、I’ll Be Backのように結論を感じたいものです。おそらくこのアルバムの評価が低い理由の一因はここにあると考えます。このアルバムのエンディングは燃え尽きて終われる”Rock and Roll Music”がよかったのではと考える次第です。

ビートルズはこの後、進化をさらに強めていきます。
(続く)


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2021年10月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。