国際エネルギー機関(IEA)が公表した、世界のCO2排出量を実質ゼロとするIEAロードマップ(以下IEA-NZEと略)は高い関心を集めています。しかし、必要なのは世界のロードマップではなく、日本のロードマップです。
本稿は、日本の国情に応じた実質ゼロのシナリオを作成するため、IEAの考え方を解説したものです。
(前回:解説・IEAロードマップ④)
4. 注目事項に対するIEAの考え
IEA-NZEでは実質ゼロをどの様に達成するかを前述しましたが、そこでカバーされていない注目事項について、IEA-NZEの考え方を紹介します。
(1) 原発はどの様に扱われているか
実質ゼロの日本のシナリオを作成する場合、国民の意見が分かれるのは原発の扱いでしょう。IEA-NZEでどの様に記載されているか以下に示します。
原発も実質ゼロに大きく貢献し、出力は2030年までに世界で40%増加し、2050年までに倍増します。しかし、世界の電力量のシェアは2050年には10%を下回ります。2020年の世界の原発の設備容量は415 GW(4億1,500万 kW)ですが、世界の原発容量増加は2030年代初頭のピーク時に年間30 GWに達し、過去10年間の5倍の速さです。
先進国では、既存の原発は費用対効果が最も高い脱炭素電源の1つであるため、設備寿命の延長が追求されます。新設も2021年から2035年の平均で年間約4.5 GWで拡大し、小型モジュール炉に重点が置かれます。しかし、先進国の総電力量に占める原発のシェアは、2020年の18%から2050年に10%に低下します。
IEA-NZEの想定では、新設の原発発電容量の3分の2は、主に大型炉で新興市場と発展途上国に建設され、2050年までに4倍になります。これらの国の総電力量に占める原発のシェアは、2020年の5%から2050年に7%に上昇します。
近年、原子力技術は進歩し、安全機能が強化された初めての大型原子炉がいくつか完成しました。中国、ロシア、アラブ首長国連邦ではプロジェクトが予定通りに完了しましたが、欧州と米国では大幅な遅延とコスト超過が発生しました。
小型モジュール炉や先進的原子炉設計は、拡張性ある設計、初期費用の低減、運転と出力両面での柔軟性を向上させる可能性(電力、熱、水素を出力)を備え、本格的な実証に向かっています。
原子力に関して必要な決定事項として、寿命の延長、新設のペース、原子力技術の進歩、があります。先進国では、寿命の延長と、既に建設中のものを超える新プロジェクトがなければ、原発の電力量は今後20年間で3分の2が無くなるでしょう。
新興市場と発展途上国では、2011年から2020年まで年平均6 GWの新しい原発発電容量が稼働しましたが、2030年までにIEA-NZEでは新設率は年間24 GWに増加します。
原子力技術については、小型モジュール炉と高温ガス炉に対する政府の支援であり、発電量の増加だけでなく、原発の用途を熱や水素の生産に拡大する可能性があります。
原発がIEA-NZEの想定より少なくなると、風力や太陽光発電などの増加が必要になります。その結果、電力の安定供給のため、バッテリー容量とディスパッチ可能電源の増加も必要になり、かなりの追加費用が発生します。
筆者の考えを補足すれば、日本の場合、風力発電の立地が乏しく太陽光発電への依存が過大になるため、電力貯蔵とディスパッチ可能電源の必要量は更に大きくなります。それを抑制するのが原発の役割と考えます。
(2) 実質ゼロ時代の鉄鋼業とセメント製造
工業部門で鉄鋼業とセメント製造は、単一の業種としてCO2排出量が最も多い産業です。
プロセス由来のCO2排出が有りその削減は難しい問題です。実質ゼロに向けてIEA-NZEでは、どの様に考えられているか以下に示しました。
<鉄鋼業>
鉄鋼業の高炉では、酸化鉄である鉄鉱石を炭素主体のコークスで還元して銑鉄を製造するためCO2を排出します。その他にも多数の加熱設備があるため、現状多量のCO2を排出しています。
CO2低減の技術開発が行われていますが、IEA-NZEでは結論として、世界の鉄鋼業からのCO2排出量は、化石燃料使用に対するCCUSを増加させることで、2020年の2.4Gtから2030年には1.8Gt、2050年に0.2Gtに減少する想定です。燃料構成に占める化石燃料の割合は、現状の85%から2050年には30%強に低下します。鉄鋼業は、2050年にCCUSと組み合わせて大量の石炭を使用する最後の産業の1つであると記載されています。
IEA-NZEでは、鉄鋼業の最終エネルギー消費に占める電力と非化石燃料の割合は、2020年の15%から、2050年には70%近くを占める想定です。このシフトは、スクラップ鉄を原料とする電気炉製鉄や、水素ベースの直接還元鉄(DRI)設備、鉄鉱石の電気分解、および補助的設備の電力化により推進されます。総エネルギー使用量に占める石炭の割合は、2020年の75%から2050年までに22%に低下し、そのうち90%がCCUSと共に使用されます。
現在市場に出ている技術が、2030年までの鉄鋼生産におけるCO2削減の約85%を実現し、材料効率とエネルギー効率対策と、約10分の1のエネルギーしか要さないスクラップベース鉄鋼生産の大幅増加が含まれます。高炉およびDRI炉への部分水素注入は、2020年代半ばに導入ペースを上げます。2030年以降、排出削減の大部分は、水素ベースのDRIや鉄鉱石の電気分解などの開発中の技術の使用によるものです。また、革新的な溶融還元法、天然ガスベースのDRI生産(特に天然ガス価格が低い地域)、比較的新しい製鉄プラントでの革新的高炉改造など、CCUSを備えたいくつかの製鉄プロセスが並行して展開される想定です。
<セメント製造>
セメント製造では、CaCO3を主体とする石灰石を焼成してCaO主体のセメントにするため、加熱源を電力にしても、プロセス由来のCO2排出が避けられません。
今日、1トンのセメントを生産すると、平均で約0.6トンのCO2が発生し、その3分の2は、使用原材料の炭素から放出されるプロセス排出物です。化石燃料は熱需要の90%を占めています。
CO2低減のためのクリンカー代替材料のセメントへの混合増加、セメントの需要の低下、エネルギー効率対策により、2020年と比較して2030年のCO2排出量は約40%低減されます。代替材料を混合した混合セメントの使用増加により、世界のクリンカー対セメント比は2020年の0.71から2030年には0.65に低下し、2050年には0.57に達する想定です。
IEA-NZEでの2030年以降の排出削減のほとんどは、現在開発中の技術で、その中でCCUSは最も重要で、現在と比較して2050年の削減の55%を占めます。IEA-NZEでは多くの場合、脱炭素燃料に切り替えるより、化石燃料にCCUSを付帯する方が費用対効果が高くなります。天然ガスが熱エネルギーの約40%、バイオマスと再生可能廃棄物が35%を占める2050年までに、石炭の使用はセメント製造から排除されます。直接電化は約15%、残りは石油製品と再生不可能な廃棄物です。バイオマスは供給量の制約のため、セメント製造で高い使用割合になることはありません。
セメントキルンの直接電化は、現在プロトタイプの小規模な段階にあり、2040年以降に小規模に展開され始めます。2040年代から、水素はセメントキルンで必要な熱エネルギーの約10%を提供しますが、少量の混合はより早く始まります。プロセス排出物のCO2発生を制限または回避し、硬化プロセス中のCO2回収を可能にする代替結合材料に基づく革新的タイプのセメントは、まだ開発の初期段階にあるか、適用範囲が限られます。
筆者コメント
鉄鋼業ではCO2削減の広範な技術開発が行われており、それら開発技術が上記のように実用に供されるなら、現状の一貫製鉄所の7割前後の設備のリプレースや大改造が必要になるように思われます。それでもCO2発生を無くすことができず、IEA-NZEでは実質ゼロのためCCUSが必要になると想定しています。セメント製造ではCCUSへの依存は更に大きなものです。
IEA-NZEでは、スクラップ原料の電気炉製鉄の拡大がCO2削減の有効策として示されています。しかし、鉄鋼製造における微量元素の管理の点から、スクラップ原料の電気炉では、高級鋼の製造は難しいと思われます。
日本はCCUSの賦存量が明らかでありません。国内にCCUSの立地が無い場合、回収したCO2を船舶輸送し、CCUS立地が豊富な国に有償で貯留してもらうことになるでしょう。それが経済的に成り立つか疑問です。日本の鉄鋼業は、製品の消費地近くに製鉄所を立地してきました。しかし、実質ゼロの時代に製鉄所は、原料とCCUS立地がある国に移転することになるかもしれないのです。
次回:「解説・IEAロードマップ⑥」に続く
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田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。