青い空と公共の福祉

「だまって俺についてこい」は、アニメの「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主題歌だが、哲学的に、恐るべきものである。

ここでは、金がない、彼女がいない、仕事がないという人生の困難な大問題は、青い空、白い雲、波の果て、水平線、あかね雲といった途方もなく大きなものを比較対象にすることで、無にも等しい極小の瑣事に転換され、そのうちなんとかなるだろうという楽観主義のもとで、一蹴され、笑い飛ばされてしまうのである。

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人生の課題の比較対象として、空や海のような大きな言葉をもちだすことは、その言葉が大きいということだけに意味があって、言葉の内容は空疎である。むしろ、内容がないからこそ、全てを無意味化することで、言葉の大きさが単純な力となって強く働くわけである。

しかし、通常、こうした大きな言葉は、内容が空疎であるにもかかわらず、さも重大な意味をもつかのようにして使われるので、抽象的な言葉の大きな強い作用のもとで、具体的で大切なことを埋没させてしまう危険を孕む。例えば、公共の福祉という言葉である。

公共の福祉については、憲法学や法哲学で議論され、その議論のなかで、この大きな言葉に内包された論点が明らかになっていくにしても、永遠に決着をみることはない。それが学問の進歩である。そして、事実、確かに進歩してきたのである。

公共の福祉は、現在では、もはや、人権を超えたところにある社会全体の共通利益とは考えられていない。この大きな言葉によっても、安易な人権の制限は認められなくなっている。ここには、個別の具体的状況に応じた丁寧な議論を長年にわたって積み上げてきた学問の成果があるのである。

公共の福祉の問題は、それの何たるかを積極的に定めることではなく、その適用範囲を消極的に制限することが課題だったのである。つまり、大きな言葉に埋没させてはいけないもの、個別具体的な小さなものを明らかにすることにより、大きな言葉は、次第に、小さな言葉になってきたのである。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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