中東発ベラルーシ行便が急増

独ヴェルト日曜版(11月7日)が報じたところによると、中東地域とベラルーシ間の飛行機便が大幅に増加している。トルコのイスタンブール、シリアのダマスカス、ドバイからベラルーシ行の飛行機便が来年3月まで週約40便の運航が予定されているという。ベラルーシと中東都市間のフライト数は2019~20年では約17便だったから、2倍以上に増えている。新型コロナウイルスの感染が拡大して便数は減少していたが今夏以降、急増してきた。

ルカシェンコ大統領(中央)
2021年11月8日、ベラルーシ大統領府公式サイトから

ベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領が中東の難民(特に、イラク人、アフガニスタン人)を集め、ミンスクに送り込み、ポーランド国境経由で欧州連合(EU)諸国に送り込もうとしている、と報じられてきた。ヴェルト日曜版は今回、その情報を裏付けたわけだ。

航空便数が増えたのは、中東の国民にとってベラルーシ、その首都ミンスクが観光地として脚光を浴びてきたからではない。もちろん、EUの本部ブリュッセルがミンスクの政府に中東の移民・難民の輸送を依頼したわけでもない。ベラルーシ政権が自主的にEU諸国に送り込んでいるだけだ。何故か?ベラルーシに制裁を実施するEUへの報復だ。

ミンスクに到着した中東の移民・難民はミンスク市内で観光を楽しむ時間も与えられず、即ポーランドの国境線まで運ばれる。ヴェルト日曜版によると、ベラルーシで現在800人から1000人がポーランド入りを希望して待機中という。ベラルーシ当局はミンスク国際空港だけではなく、更に5カ所の空港にも中東からの移民希望者を運ぶ予定という。

ベラルーシと国境を接するポーランドは今、突然現れた多数の中東からの難民・移民の収容に対峙し、ベラルーシとの国境線を閉鎖したばかりだ。ポーランドのドュダ大統領は9月2日、東部地方に非常事態宣言を発令した。ベラルーシ経由で流入するイラクやアフガニスタンなどからの多数の不法移民への対処が目的だ。それに先立ち、ポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニアの4カ国首脳は8月23日、「ベラルーシのルカシェンコ大統領は意図的にポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニアに不法移民を送りこみ、それらの国内の政情を不安定にしようとしている」と批判した共同声明を発表している。

第32回東京五輪夏季大会にベラルーシから参加した陸上女子のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手(24)が8月3日、東京羽田空港からウィーン経由でポーランドに亡命した件は日本の国民にもよく知られている。同選手はルカシェンコ政権への批判とも受け取れる言動をしたとして、ベラルーシ代表団から強制帰国を命令されたことを受け、「帰国すれば生命の危険がある」として政治亡命を決意。同選手の願いを受け入れたポーランドに亡命した。

米CNNによると、「8月以来、ポーランドとベラルーシの国境を不法に越えようとして止められた人の数は約1万6000人。8月には少なくとも4人が国境付近で死亡している」という。

ルカシェンコ政権は中東の難民をポーランドだけでなく、ベラルーシの反体制派活動家の亡命拠点となっているリトアニアにも送り込もうと画策している。昨年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人は現在リトアニアに亡命中だ。

リトアニア国境には6月末ごろからベラルーシから追放された多数の難民が殺到、リトアニア側も対応に苦しんできた。欧州対外国境管理協力機関(Frontex)が難民の殺到を阻止するため対ベラルーシ国境の閉鎖に乗り出している、と言った具合だ。

ベラルーシでは昨年8月の大統領選後、選挙不正と長期政権に抗議する大規模デモが発生。ルカシェンコ政権はデモ参加者を摘発し拘束するなど、反政権活動家への弾圧を強めてきた。指導的な反体制派活動家は隣国リトアニアやウクライナに亡命していった。一方、EUはベラルーシに対して制裁を実施し、人権弾圧に関与した関係者の口座閉鎖、渡航禁止などの措置を実施中だが、1994年7月から大統領に君臨している「欧州の最後の独裁者」ルカシェンコ大統領は反政府活動家への弾圧をさらに強化し、譲歩する姿勢を見せていない。

ベラルーシの著名なジャーナリスト、ロマン・プロタセビッチ氏(26)が今年5月、ギリシャから亡命先のリトアニアに戻る途上、搭乗機がベラルーシ領域に入った時、同国空軍に強制着陸させられ、ミンスクの治安関係者に拘束されるという事件が起き、欧米社会でルカシェンコ政権の「国家によるハイジャック」として批判された。今回は「国家による難民不法輸送」として世界の批判にさらされている。

厳しい冬を控え、ベラルーシ入りした中東の移民・難民は大変だろう。ルカシェンコ政権は中東の移民・難民を政治道具に利用しているだけで、彼らを収容する考えはないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。