コロナ患者急増と「医療トリアージ」

新型コロナウイルスの爆発的な感染に直面しているオーストリアで16日、ザルツブルク州の「州クリニック」関係者の発言が大きな衝撃を与えている。同病院では運び込まれた重症患者に対し、集中治療室(ICU)のベットを提供するか、誰を最初に治療するかを病院関係者が決定しなければならない状況に追い込まれてきており、病院は治療の保証ができなくなってきた。そのため、トリアージ・チームが患者の優先順位を決めなければならなくなってきた、というのだ。

▲モーツァルトが生まれたザルツブルク市の風景(ザルツブルク市観光公式サイトから)

同病院関係者は、「病院の基本方針は運ばれた患者に対し、年齢、性別、社会的状況など関係なく等しく公平に治療することだが、ここ数日の状況が今後も続くならば、病院にきた患者をトリアージしなければならなくなる」という。通称「トリアージ・チーム」は5人から構成され、集中治療医、内科医、緩和ケア医のほか、弁護士が加わるという。
トリアージはフランス語:(Triage)からきた言葉だ。大災害などが発生し、多数の患者が緊急病院に運ばれた時、治療する側の病院の収容能力、医者の数などが十分ではない場合、病院側は患者の重症度を検査し、誰を最初に手術するかの優先順序を決める。緊急時の場合、少しでも多くの患者を救う目的から、回復の可能性の少ない患者より救われる可能性の高い患者を優先して治療するわけだ。医者にとっても苦しい対応が強いられる。だから、病院側は全力をあげてそのような状況に直面しないように努力するのだ。
欧州でコロナ感染が最初に拡散したイタリア北部ロンバルディア州のベルガモ市ではそのような状況が生じた。ベルガモでは昨年3月、連日、感染者が出て、多くの死者が出た。昨年3月19日、イタリアの新型コロナ感染者は4万1035人、死者は3450人となった。新型肺炎の発生地中国の3245人を上回り、死者数は当時、世界で最多だった。ベルガモ市は人口12万人の小都市だったが、感染者の急増で一時「イタリアの武漢」と呼ばれた。
ベルガモ市の医療は崩壊し、重症者を収容するベッドはなく、南部州に患者を転送するなど、対応に苦しんだ。ベルガモ病院の医者が、「ベルガモを助けてほしい」と緊急メッセージをソーシャルネットワーク(SNS)で発信した。防護服が限られ、医療器材が不足して、重症患者を治療できない医者の苦しさを訴えていた。死者を埋葬する墓地の場所もなくなり、軍隊が遺体を南部州に運ぶ一方、遺体をまとめて火葬せざるを得ない状況だった。オーストリア代表紙プレッセ3月24日付は1面トップで、運び込まれた患者を救うことができず苦しむ若い医者の姿を写真で掲載していた(「新型肺炎の治療に取り組む医師たち」2020年3月26日参考)。
オーストリア全土で15日からコロナワクチンを接種していない国民(12歳以上)を対象にロックダウンを実施した。それに先だち、シャレンベルク首相は14日、記者会見で、「新規感染者が急増する一方、ワクチン接種率は恥ずかしいほど低い。第4のロックダウンを回避するためワクチンの接種を拒む国民に対してロックダウンを実施せざるを得なくなった」と説明、国民に理解を求めた。未接種者だけを特定したロックダウンは欧州連合(EU)では初めてだ。
同国では17日、過去24時間の新規感染者は1万4416人で最多を記録、入院患者2723人、ICU患者は486人だ。同国病院のICU収容能力は約600ベッドだ。ベッドの数や人工呼吸器などは増やすことができるが、ICUを担当できる高度の治療能力を有する医療関係者、看護師の数が足りないのが大きな問題だ。4歳の女の子と5歳の男の子がICUベットに収容されるなど、子供の患者がICUベットに運び込まれるケースが増えている。
ザルツブルク州クリニックの感染症専門医リチャード・グレイル教授は、「昨年11月より状況は厳しい。通常の入院病棟の病床使用率は既に90%だ。先週だけでも181人のコロナ患者が運び込まれている。特に、死亡率が異常に高い。避けなければならない点はサイレント・トリアージだ」と述べている(オーストリア日刊紙エステライヒ紙17日付)。新規感染者の急増で病院関係者の苦悩は日に日に深刻となってきている。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。