中国とASEANの首脳は22日、対話30周年を記念する特別会議をオンラインで開催し、「平和、安全、繁栄、持続可能な発展のための包括的戦略パートナーシップ」に関する共同声明を発表した。中国国営メディア新華社は23日、共同議長を務めた習国家主席の次のような発言を報じた。
中国はASEANと協力して・・・地域の平和と安定を維持するために、対立ではなく対話を追求し、同盟ではなくパートナーシップを構築し、平和を脅かしたり損なったりする可能性のある様々な負の要因に対処するために協調して努力する。・・・南シナ海の安定を守り、平和・友好・協力の海にするためには共同の努力が必要だ。
22日の産経は、中国が「南シナ海での覇権的な海洋進出を緩めようとしていない」ことに対し、ASEANの一部には「対中不信が根強く、会議でフィリピンのドゥテルテ大統領は中国による自国船の航行妨害を『嫌悪する』と強く非難した」とする。
ドゥテルテが非難した中国による航行妨害とは、比国軍人が少数駐在するパラワン島沖195kmのフィリピンの排他的経済水域に位置する第2トーマスショールに食料補給に向かう補給船に対して、16日に中国海警船3隻が放水銃を使用した事件だ。
ロクシン比外相は、食料補給任務を中止せざるを得なかったとし、「中国はこの地域での法執行権を持っていない。中国はこの海域での法執行権を持っていないので、注意して引き下がらなければならない」と非難した。
この発言は、南シナ海での中国の領有権主張や人工島の建設などが国際法に違反するとしてフィリピンが中国を提訴した裁判で、ハーグの常設仲裁裁判所が16年7月、中国の主張には法的根拠がないとの判断を示したことを指す。
エスペロン国家安全保障顧問は、同環礁とティトゥ島付近に異常な数の中国海上民兵がいると判ったとし、先週、第2トーマスショール付近に19隻、ティトゥ島付近に45隻の中国船がいたと述べ、それらを「非常に攻撃的」と表現した。中国は民兵の存在を否定している。(18日のロイター)。
習近平が首脳会議で述べたこととこれらの行動とが如何に乖離しているかを雄弁に物語る。この会談に合わせるかの様に、米シンクタンクCSISは18日、「中国の海上民兵の内幕を暴露する(Pulling Back the Curtain on China’s Maritime Militia)」と題する報告書を公表した。
日本固有の領土である尖閣諸島にも中国公船が連日現れており、海上民兵を使った尖閣占領が現実のものとなる可能性は決して低くない。報告書にある様に「民兵の実態を明らかに」することは、その「グレーゾーン部隊としての有効性を低下させる」効果がある。以下に報告書の概要を述べてみたい。
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CSISが米国務省の資金援助を受けて作成した報告書は、「要旨」、「第1部:南シナ海における中国の海上民兵の歴史」、「第2部:現代の民兵」、「第3部:政府の補助金、資金提供、支援」、「第4部:所有者」、「第5部:ポーリング、マロリー、プレタ、先進国防衛研究センター」及び別紙の58頁で構成される。項目毎の概要は次のようだ。
「要旨」
16年にスプラトリー諸島に人工島を完成して以来、中国は海上民兵を拡大し南シナ海全体の支配力を主張する方向にシフトしている。民兵は表向き漁業に従事しているが、実際は中国の法執行機関や軍と共に海域での政治的目的を達成するために活動する。
民兵戦術は、国際法に根ざす海洋秩序の維持に腐心する人々にとって重大な問題であり、紛争海域での活動に関する中国の公開資料やリモートセンシングデータの調査、海上パトロールなどには、これら民兵の実態を明らかにし、そのグレーゾーン部隊としての有効性を低下させる力がある。
報告書は、この海上民兵の包括的なプロフィールや海上民兵を特定するための手法を示し、それによって特定された122隻の民兵リスト及び民兵の可能性が高い52隻のリストを提示する。
<歴史>
中国による漁業民兵活用は、ベトナムからパラセル諸島を奪った74年に遡る。85年に海南省丹門郷に民兵部隊が設立され、88年にはスプラトリー諸島に基地が設置されると、その後の数十年間でより活発な活動の基礎が築かれた。
2000年代に入ると、海上民兵が米海軍艦船の航行を妨害するなど攻撃的な活動が増加した。これは10年代初頭も続き、12年のスカボローショールの奪取や、14年のベトナム海域への石油掘削装置配備でも重要な役割を果たした。
16年の人工島完成以降、スプラトリー諸島には大量の民兵が恒常的に配備されている。民兵船はマレーシアやベトナムとの睨み合いの際に中国の法執行機関に同行したり大規模配備に参加したりし、18年にはティトゥ島付近に100隻近く配備され、21年春にはウィッツンリーフに200隻が集結した。
<民兵の今>
現在、南シナ海で活動する民兵は広東省と海南省にある10の港から活動している。リモートセンシングデータによると1日に約300隻の民兵船がスプラトリー諸島で活動している。
民兵船にはプロ民兵船と補助金によって民兵活動に採用された商業漁船:SBFV(Spratly Backbone Fishing Vessels)の2種類ある。プロ民兵船は軍事的特徴のある仕様で、SBFVでも全長35mから多くは55m以上の鋼鉄製だ。北京によれば積極的な活動はまずプロ民兵船が担う。
民兵活動はいくつかの国際法に違反している。他国の排他的経済水域内での合法的な活動を妨害することは、国連海洋法条約と国際慣習法に違反する。また衝突の危険を生じさせて外国船の活動を妨害する危険操縦は、国際海事機関の「海上における衝突の防止に関する規則」(COLREGS)に違反する。
<補助金など>
近年、中国政府は民兵の資金調達プログラムを種々実施している。スプラトリー海域で操業するSBFVへの燃料補助、スプラトリー海域を対象とした漁船建造補助、専門の民兵船建造補助、漁船への設備設置・改修補助、建設ローン利子補助、退役軍人を民兵に採用するための訓練プログラムなど。
海上民兵に従事する国有漁業企業で働く常勤海上民兵は、当該企業から給与を得る。スプラトリー諸島で操業する全長55m以上、エンジン出力1200KW以上の船には、1日当り24,175元(3,743米ドル)の燃料補助金が支給される。これは操業コストを上回り、所有者は漁をせずに利益を得ている。
<船の所有者>
所有者登録を調べると、分析対象船舶の90%は最終的な受益者が直接所有しているか、または最終的な受益者からワンクッション入っていると判明した。このことは、船主と民兵とのつながりを隠そうとしていないことを示している。
民兵の所有権はその活動地域に集中し、直接所有している28社のうち22社が広東省、5社が海南省に拠点がある。地理的に集中しているにも関わらず、民兵と民兵船と思われる船の直接所有権は集中しておらず、分析した96隻の直接所有者は64人(67%)だった。
民兵および民兵船と思しき船の所有者のネットワークは中国政府とは関係がないようだが、プロの民兵船の所有者はより中央集権的であり、政府機関とより直接的に関係があると思われる。
<民兵船の識別>
中国の公式情報源や国営メディアでの確認は民兵活動の指標の一つだが、海上民兵船の多くはこの方法では識別できない。他方、リモートセンシングデータと従来の現場報告に基づいた行動ベースの識別は継続的な識別のための有望な手段となる。
現場での写真やビデオ撮影、船と船の間の自動識別システム(AIS)によるデータ収集は、民兵船を直接識別し、その行動を記録する可能性を秘める。商業衛星画像とAISデータは、民兵の配備を特定し追跡する上で重要な役割を果たしている。
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以上、北京が膨大なコストを掛け、海上民兵をこの海域で戦略的に運用していると知れる。この報告書によって、習近平の「南シナ海の安定を守り、平和・友好・協力の海にするためには共同の努力が必要だ」発言が如何に白々しいかを、ASEAN諸国の首脳には是非リマインドして欲しい。