ベアボック次期外相の対中政策は

当方はこのコラム欄の「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」(2021年11月11日付)で、「中国市場に依存している輸出大国ドイツの対中政策は新しい社会民主党・緑の党・自由民主党3党連合政権が発足しても大きくは変わらないだろう」と書いたが、3党が合意した連合政権と政策綱領の主要ポイントを読む限りでは、「ドイツの外交を復活させる」といった熱気が感じられる。それに対し中国共産党政権は欧州連合(EU)の中核ドイツが中国に対して厳しい姿勢で臨むことを警戒している。ドイツ3党の中道左派政権の対中政策を「連立協定」(Koalitionsvertrag)から少し探ってみた。

新しいドイツ外交を模索するベアボック氏(左から3番目)2021年11月24日、「緑の党」公式サイトから

16年間のメルケル政権は対中政策では関与政策を推し進め、交流を深めていくことを通じて中国の人権問題や非民主主義的体制が変わっていくだろうと期待してきた。メルケル首相自身も欧米諸国首脳としてはとびぬけて多く12回も訪中した。メルケル首相は訪中ではチベット問題、ウイグル人弾圧問題、香港の民主化問題などを取り上げて、中国側に改善を求めてきたが、それはあくまでも言わば“アリバイ工作”の傾向が色濃く、メルケル首相の本音は世界最大市場の中国へ、いかに多くのドイツ製品を輸出するかにあった。だから、といってはおかしいが、中国側の機嫌を損なうという冒険は犯さなかった。

ドイツは輸出大国であり、中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。ドイツ連邦統計局が2月22日に発表したデータによると、新型コロナウイルス感染症の影響を受けながらも、昨年の中国とドイツの二国間貿易額は前年比3%増の約2121億ユーロに達し、中国は5年連続でドイツにとって最も重要な貿易パートナーとなっている。ドイツの対中輸入額は前年比5.6%増の約1163億ユーロ、対中輸出額は約959億ユーロだった(中国国営新華社)。

3党が11月24日合意した連立協定(178頁)の第7章には「人権」(146頁目)が言及されている。「人権は、個人の尊厳を守るための最も重要な保護シールドであり、私たちの羅針盤を形成する」とその意義を強調し、「人権侵害に対する免責は世界中で終わらせなければならない。そのため、私たちは国際刑事裁判所と国連の臨時法廷の活動に尽力し、国際人道法のさらなる発展に取り組んでいく」と明記している。要するに、新政権は「人権重視」を強調していくというわけだ。

「欧州と世界に対するドイツの責任」という項目では、「ドイツはヨーロッパと世界で強力なプレーヤーである必要がある。ドイツの外交政策の強みを復活させる時が来た」(Es braucht Deutschland als starken Akteur in Europa und der Welt. Es ist Zeit die Starken deutscher Ausenpolitik wiederzubeleben)と強調し、「私たちの国際政策は価値に基づいており、ヨーロッパに組み込まれ、志を同じくするパートナーと緊密に連携し、国際的なルール違反者に対して明確な態度を示す」と述べている。

ショルツ連立政権下で外相に就任する「緑の党」のアナレーナ・ベアボック共同党首は過去、中国共産党政権に対し、ウイグル人弾圧などの人権問題に懸念を表明し、台湾と中国の問題については、「両岸の相互合意に基づいた平和的な解決しかありえない。台湾の国際機関参加を積極的に支援する」と述べ、「欧州は民主主義陣営であり、中国は独裁政権だ。米国ら民主主義国と連携して対抗すべきだ」と主張してきた。

ただし、同発言は「緑の党」が野党時代だった時だ。社民党のショルツ首相主導政権の与党となれば、その発言にも国益重視が出てくることは避けられないだろう。世界の自動車メーカー国ドイツの車を最も多く買ってくれるのが中国市場だ。中国には民間企業という看板を掲げていても、中国共産党の支配下にあるから、中国共産党政権の機嫌を損なうような人権問題を前面に出す外交を展開した場合、経済分野でもさまざまな圧力が架かってくることは目に見えている。ベアボック次期外相が人権問題を優先し、ドイツ経済の最大のお得意先中国を批判することができるか、という疑問はやはり払しょくできない。

中国外務省の趙立堅報道官は先月25日、北京での定例記者会見で、独新政権の対中政策がメルケル政権と違って人権外交を振り回さないように警告を発している。曰く、「台湾海峡、南シナ海、そして香港の問題は中国の内政であり、他国が干渉すべき問題ではない。歴代の独政権は全て『一つの中国』政策を支持してきた。新政権がこの政策を保持し、中国の核心的利益を尊重するとともに、2国間関係の政治的基盤を守ることを望んでいる」と述べ、新政権にくぎを刺している。

来年はドイツと中国の外交関係樹立50周年目を迎える、ドイツ初の女性外相に就任する40歳のベアボック氏にはメルケル政権の対中関与政策から脱出し共通の価値観外交(aktiven, wertebasierten Ausenpolitik)に基づく新しいドイツ外交を期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。