大阪舞洲の物流倉庫で11/29の午前に発生した火災は4日経った現在(12/3の午後)も消火できていない。この倉庫には医薬品等が保管されていたとのことであり医療への影響が心配である。
近年、工場や物流倉庫における火災で多大な損害が発生しており、半導体工場における火災は半導体不足に拍車をかけ供給先の多くの産業に影響を与えた。筆者は国外の基準を使った防火およびリスクに関する業務に従事しているが、工場や物流倉庫における日本と国外の防火の違いを説明したい。
日本では防火の仕組みに大きな問題があり、国内のほとんどの工場や物流倉庫では他国と同等の防火対策をやっていない。この事実をマスコミが報じることがないため国民には知られておらずまともに議論すらされていない。
消防署の指導が的外れなのはなぜか?
建物規模や用途によって消防署が定期的に査察に入り厳しい指導をしているのに何でこんなことになるのかと思われた方も多いのではないだろうか。実は今回のような事態を防ぐのはそもそも消防査察の主な目的ではない。
その理由を説明すると、まず、防火の目的には人の安全と資産保護・事業継続がある。通常、法で規制するのは人の安全である。人の安全とは建物内にいる人たちに火災発生を知らせて避難するための経路を10~20分程度火炎や煙から守り無事に避難を完了させることである。
報道によると今回の火災において死者も負傷者も発生していない。最近発生した他の工場や物流倉庫火災においても死者・負傷者はほとんど発生していない。これは法規制が有効に機能しているためと思われる。
一方、工場や物流倉庫における経済的損害のリスクは高く、初期消火に失敗すると甚大な損害を被ることがある。日本では法規制さえ守れば十分でそれ以上の対策は不要と考えるのが一般的であるが、他国では資産を守り事業継続を目的としておこなう防火がさかんであり、その仕組が確立されている。
逃げないものを守る方が難しい
防火において人命が一番重要であるのは世界中の共通認識である。ただし国外では人命さえ守ればよいとはなっておらず、資産を守り事業を継続することも防火の重要な目的である。
一般に、人命を守るという観点からの防火は「人は逃げる」という前提で行われる。人命のみが目的であれば避難経路を10~20分程度守るがそれ以降のことは関知しない。避難完了後に火災が拡大して最終的に建物が全焼してしもそれはやむを得ない。
一方、建物、設備、物品などを守ろうとするとき、それらは火災の際に逃げてはくれない。その場に留まり可燃性の建築材料や物品は燃えて火災を拡大させてしまう。経済的損害を防ぐための防火は、建物内のどこで出火しても素早く消火するか、あるいは火災を制御して拡大させず、損害を最小限にすることを目的として行われる。一般に経済的損害を防ぐ防火、つまり逃げないものを守る防火の方が技術的に難しくコストもかかる。
この技術を発展させてきたのは欧米の損保業界であり、それを否定し続けているのが日本の損保業界である。
防火への関与を拒み続ける日本の損保業界
国内消防法では物流倉庫にスプリンクラーは要求されず(高層ラックを除く)、今回被災した物流倉庫にも設置されていなかったと思われるが、経済的損害を防ぐ防火において重要なのはスプリンクラーを建物全体に設置することである。
その有効性はNFPA(米国防火協会)の2010~2014年のデータによると88%である。国外で同様の規模・資産価値がある物流倉庫にはスプリンクラーを建物全体に設置するケースが多い。損保会社はスプリンクラー設置を推奨し、検査を行って適切に設計、施工、管理がされているかどうか評価をして保険の条件に反映させている。
企業や建物所有者の立場からすると設備投資に余分なコストをかけても保険料割引により数年でペイする仕組となっている。一般に、全建物平均で保険料が50%割引になるとされている。
損保会社からすると保険料を半分にして保険を引受けても問題ないということであり、経済リスクが実際に半分になっていることの証明でもある。保険料の決め方は複雑で一概には言えないが、物流倉庫における割引率は50%より高いとされ80%~90%という例もあるようである。
日本の損保業界においてスプリンクラーの有無による保険料割引はふれてはいけないタブーのような扱いとなっている。過去に日本でも損害保険協会がルールを定めて10%や15%という割引率を設定していたが、損保会社はこの低い割引でさえも消極的だったとのことである。
損保業界の関係者の中には「日本の保険料は国外とくらべて安い」や「防火対策をやってもリスクは変わらない」と主張する方がいるが、国外では当たり前となっている保険料割引をしたくないための詭弁にすぎない。保険自由化から四半世紀が経つが、これに関しては以前から何も変わっていない。
防火のやり方は国ごとに違うのか?
国内の防火関係者の中には「防火のやり方は国ごとに違っており日本には日本のやり方がある」という主張をされる方がいるが、国外でそういった主張は聞かれない。前述のNFPAは防火に関するあらゆることをカバーしておりバイブルのような存在であるが、中でも事実上の国際基準としてとくよく使われるのがスプリンクラーに関するNFPA13である。NFPA13が科学的とされる大きな理由として、アメリカではスプリンクラーを設置した結果、どのくらい有効に機能したかを全国規模で検証していることが挙げられる。
アメリカではスプリンクラー普及率が高く(全建物の約10%)、火災件数が多く、全米の70%以上の消防署が参加する火災調査の仕組みがあるため、十分な検証が可能である。毎年3万件以上のデータを収集してスプリンクラーが有効に機能しなかったケース(2010~2014年では12%)ではその原因を分析している。
一方、日本では全国規模でスプリンクラーの検証をしていない。東京消防庁が同様の検証をしているがデータ数は毎年わずか10~30件程度とアメリカの1000分の1以下にすぎない。日本でも1960年以前はNFPAのスプリンクラーが使われていたが、消防検定制度ができると同時に使えなくなっている。現在の国内消防法のスプリンクラー基準は英国基準やNFPAの基準を大幅に簡略化して独自の基準を加えたものであるが、工場や物流倉庫などに対応しているとは言いがたい。
日本の防火関係者が法規制にこだわる理由
日本では、防火対策イコール法規制を順守することと認識されているが、今回のようなケースを防ぐには法規制だけでは不十分である。また最近発生した機械式駐車場の二酸化炭素消火設備による死傷事故は法規制自体が誤っていたと考えている(詳細は別記事を参照)。
法規制は不十分であり完璧ではないことは明らかであり、日本の防火関係者はそのことをもっと国民に広く知らせるべきであるがその努力をしないのは何故か。それは設備、点検、資格、講習等が法規制とリンクしており多くの防火関係者が関わる重要な「ビジネス」だからである。
自分たちのビジネスが不利になるような情報は発信せずに、国民には「法規制は権威があり法規制さえ順守すればよい」と誤認させたままの方が彼らにとって都合がいいのである。彼らの政治力が強いためにマスコミは問題を認識しながらも迂闊に報道はできない。
何とも国民をなめた話であるがこれが実態である。
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牧 功三
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、