欧州最年少の首相に就任し、欧州保守派の若いホープと受けとられてきたセバスティアン・クルツ前首相(35)は2日、政界から引退すると発表した。クルツ氏は今年10月6日、「経済および汚職検察庁」(WKStA=ホワイトカラー犯罪および汚職の訴追のための中央検察庁)が10月6日、買収や背任の疑いで調査を開始し、与党国民党本部、財務省などを家宅捜査したことが明らかになったことを受け、同月8日、自身の潔白を主張する一方、首相ポストをシャレンベルク外相(当時)に譲り、国民党党首に留まり、自身のカムバックを図ってきた。
クルツ氏に対しては、世論調査の操作とその謝礼を財務省の公金で払った汚職、背任容疑だ。社会民主党、自由党、ネオスの野党側は、「クルツ首相の辞任で容疑の幕閉じはできない。クルツ氏が構築したクルツ支配構造は現在の国民党の中に存続している」と指摘。クルツ・システムと呼び、その徹底的な解明を要求した。極右政党「自由党」のキックル党首は、「欧州保守派の希望の星だったクルツ氏は今や堕天使となってしまった」と強調、クルツ氏の容疑の全容解明を求めてきた。
クルツ氏は24歳で内務省に新説された移民統合事務局局長に就任し、27歳で欧州最年少の外相に就任。2015年の中東・北アフリカからの難民殺到時には国境をいち早く閉鎖するなど、強硬政策を実行してきた。31歳で首相に就任すると欧州保守派から希望の星と受け取られた。ドイツの「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)からは、「ドイツでもクルツ氏のような保守派の若い指導者が現れるべきだ」といった声すら聞かれた。クルツ氏はドイツ・メディアには頻繁に登場するゲストだった。
クルツ氏は、「自分の国の為に尽くせることは大きな喜びだった。10年間、うまくいった時も、そうではなかったこともあったが、常に全力を投入してきた。ただ、この数カ月、その燃える火が少なくなってきたのを感じてきた。自分は聖人でも犯罪人でもない。強さと弱さを持った一人の人間だ」と述べた。そして「政治は誰からも感謝されない職業と言われるが、自分にとってはそうではなかった。自身が信じる内容を実際に実行できる職業だ。自分にそのチャンスを与えてくれた同僚、友人、先輩、家族に感謝している」と語った。
クルツ氏が突然、政界から引退を表明した背景には、今月最初の息子が誕生したことがあったといわれている。同氏は、「自分は10年間政治に専心してきたので、他のことに全く関心を寄せてこなかった。しかし、今、自分の子供を初めて得、政治以外の世界にも大きな喜びを感じることができるようになった」と述懐している。オーストリアのメディアによれば、クルツ氏は国際的な企業からオファーを受けたといわれている。
35歳で政界から引退したクルツ氏の人生はまだまだ長いはずだ。メディアの一部では、「クルツ氏への容疑問題が解決すれば、数年後、政界にカムバックするのではないか」といった憶測が聞かれる。なお、クルツ氏の突然の政界引退表明について、ドイツを含む欧米のメディアは速報を流した。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。