在外邦人のことなど考えもしなかった岸田首相

藤澤 愼二

見捨てられた在外邦人

岸田首相が外国人の入国全面禁止を決め、国際便の予約をストップした際、これに驚いた海外では以下の写真のようなニュースが流れた。さらに、12月1日には在外邦人に対しても日本帰国を禁止した。

世界中がまだ得体のしれないオミクロンの恐怖におののく中、在外邦人の多くがこんな時だからこそ、年末年始はひとまず親戚や友人たちがいる母国に帰ろうと考えていた矢先、お前たちは感染している危険性があるから帰ってくるなといわれたわけである。

筆者を含め、海外に住む邦人の多くにしてみれば、今後の調査結果、オミクロン株に対して今のワクチンもほとんど効かないということになったら、早目に日本に戻ろうと毎日状況を注視していたところに、突然、日本政府に梯子を外されたようなものである。

特に筆者が住むタイのような国では、物価が比較的安く過ごしやすい気候であることから、現地でリタイアメントビザを取って住む70代の年金生活者も多くいる。しかし、コロナに感染してしまえば、外国人には高額な治療費がかかり、そして何より、高齢者にとって外国で病気になることほど心細く不安なことはない。

従って、まだタイでは感染例は出ていないが、もしオミクロンの感染が広がり始めたら真っ先に日本に戻ろうと考えていた人たちも多く、こういう人たちにしてみれば、突然帰るところがなくなったことになる。

ちなみに、昨年コロナの感染爆発が武漢で始まった時、安倍政権は政府としてチャーター便を出し、現地に取り残された邦人の救出にあたった。それに対し、岸田首相は避難して戻ってくる在外邦人の入国拒否に動いたことになり、政府として真逆の対応ともいえる。

在外邦人が感染しているリスクがあるからというのはわかるが、それなら2週間でも3週間でも完全な陰性確認ができるまで日本国内で厳格な隔離検疫を行えばいいのであり、邦人に対しても外国人と同様に入国禁止という判断は間違っているとしか思えない。むしろ、在外邦人が危険な状況にある時こそ、その安全を守るのが国家の義務なのである。

慎重姿勢の諸外国

WHOはオミクロン株の発見と同時に各国がアフリカ諸国からの入国禁止を始めたことに対し、国境を閉鎖しても結局感染を防ぐことはできないし、むしろ国民の生活や精神面に悪影響を及ぼすだけであると否定的なコメントを出した。さらに、外国人の全面入国禁止という極端な措置を取った日本に対してことさら非難している。

一方、アメリカ政府も直ちにアフリカ8カ国からの入国を禁止したものの、その時のコメントとして、オミクロン感染対策の準備期間を確保をするためにこれらの国からの入国を規制したと事情説明をしている。

そして現在は、入国時の陰性テストを入国前24時間以内に短縮し、入国後も3~5日以内に再度行うことを検討中で、検査体制を厳しくして水際対策を強化しようとしているが、外国人入国の全面禁止の話など出てきたことがない。

また、イギリスはこれまでの経験から社会や経済が受けるダメージがあまりに大きかったことから、オミクロンに対してもロックダウンや行動規制といった特別な規制をする予定はないとアナウンスした。

ところで、タイ政府もやっとワクチン接種率が国民の70%に到達し、満を持して11月1日からワクチン接種済の外国人観光客を対象に、隔離検疫なしの入国を始めたばかりである。

タイは2019年には観光収入が世界4位の観光大国であったが、コロナ禍による鎖国で外国人観光客がほとんどいなくなり、既に多くの中小ホテルや観光関連事業が廃業に追い込まれた結果、観光産業はほとんど壊滅状態という窮地に追い込まれている。それがやっと開国にこぎつけ、わずかな光明が見えてきたところにこのオミクロン株の出現なのである。

しかし、11月15日以降だけでも南アフリカから既に400人近い観光客が入国しており、タイ政府は国内を旅行中のこれら観光客の追跡に必死であるという報道も出ている。近いうちに感染者が出る可能性は高い。

そうなった場合、タイは現在非常事態宣言下にあり、プラユット首相が開国維持か鎖国かの苦しい決断を迫られることになる。そして首相はこれまで口をつぐんだまま状況を注視してきたのであるが、12月3日、「タイは今後も鎖国もロックダウンもしない」との声明を出したのである。

もちろん、今後新たな感染爆発が起こったりすれば方針変更を余儀なくさせられる可能性はある。しかし、「政府として国民の命だけでなく経済のことも考えてバランスを取らなくてはいけない」と説明し、軍事政権の首相ではあるが、これに関しては賢明な判断をしたように思える。

岸田首相の大きな過ち

その後、岸田首相の邦人入国禁止措置にはすぐさま多くの非難が殺到したため、結局、翌日の12月2日には撤回されるというみっともない醜態となった。しかし、世界が鎖国に対して慎重な対応をしているのに対し、岸田首相の鎖国宣言はあまりに唐突で、ほぼ単独で即断即決で決めたのではないかと思わせられる。それが与える影響について他の閣僚や経済界と十分協議したとは思えず、しかも同じ日本人まで締め出そうとしたのである。

これに対して、弁護士でもある元大阪府知事の橋下氏によれば、こんな措置は憲法違反であるとのことだ。本来、国民の生命と安全を守るのが政府の最大の責任の一つであるにもかかわらず、新たなパンデミックの危険から逃れて海外から戻ってくる自国民をも拒否するようなことは、世界のどの先進国も行わないと思う。

そして、岸田首相は責任は自分が取るといっていたが、退陣すればすむと思っているのだろうか。そんなことよりも、緊急時に海外に住む自国民の命と安全をないがしろにした首相として世界の笑いものになるのではないかと思う。

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