首相と教皇が共有した数字「33」

オーストリアのアレクサンダー・シャレンベルク首相は2日、「与党の党首は同時に首相ポストを担うほうが理想だ」と指摘、首相ポストを与党国民党幹部会で3日選出される新党首に譲ることを明らかにした。

56日前、大統領府で首相任命の式典に参加したシャレンベルク首相(2021年10月11日、オーストリア国営放送の中継から)

シャレンベルク氏は10月11日、クルツ首相(35)の後継者として首相に就任し、12月2日に辞任を表明したわけだ。同氏の首相任期期間は5日の時点で56日間だ。オーストリアの歴代首相では最短首相という不本意な記録になってしまった。

このコラム欄でも書いたが、同氏は根っからの外交官だ。だから外相に任命された時は喜びに溢れていた。首相を辞任したクルツ氏から、「首相ポストを引き受けてほしい」と強く要請されたため引き受けたが、「自分の人生計画には首相就任というものは入っていなかった」と述べ、やむを得ず首相に就任した経緯がある。2日のシャレンベルク氏の「新党首に首相職を譲りたい」といった発言は本音だったのだろう。

シャレンベルク氏は1969年、スイスのベルンで外交官の家庭に生まれ、父親(1992~96年外務事務局長)に連れられてインド、スペイン、フランスで生活し、1989年から94年、ウィーンとパリで法律を学び、外務省入りした後、ブリュッセルに行き5年間余り駐在。シュッセル政権では外交問題アドバイサーや、プラスニック外相(当時)の報道官などを歴任した後、クルツ氏が外相時代にはその最側近として歩んできた。

シャレンベルク家は1000年の歴史を有する由緒ある貴族の家系という。シャレンベルク氏の表情は柔和だが、難民問題では外相時代、強硬発言を繰り返している。クルツ政権の難民政策を支えてきた政治家だ。

在位33日後、急死したヨハネ・パウロ1世(バチカンニュースから)

「56日首相」と聞くと、当方はどうしても「33日教皇」と呼ばれたヨハネ・パウロ1世(在位1978年8月26日~同年9月28日)を思い出してしまう。イタリア出身の教皇の在位期間は33日間だった。20世紀に入って最短在位教皇となった。

1978年8月6日、パウロ6世(在位1963~1978年)の後継者に選出されたパウロ1世は、笑顔が絶えず“笑う教皇”と呼ばれ、信者たちからも慕われていた。その教皇が急死したというニュースが流れた時、多くの信者たちは驚くとともに、「毒殺されたのではないか」と疑った。米国のデビット・ヤロプ氏はその著書『神の名のもとで』の中で、「ヨハネ・パウロ1世は毒殺された」と主張したほどだ。実際は、ヨハネ・パウロ1世は法王就任前から「心臓病に悩まされているので、長時間の激務には耐えられない」と語っていたというから、心臓病による病死説が濃厚だが、同1世は「33日間教皇」としてローマ教皇史にその名を残すことになった。

当方はシャレンベルク氏が首相に任命された時、その品のある振る舞いや記者会見での明確な答えぶりをみて、「職業政治家にはない新鮮さ」を感じて好感をもっていたが、あまりにもあっさりと「首相を辞任する」と表明するのを聞いて少々驚かさせた。

新型コロナウイルスの新規感染者が増える一方、ワクチ接種を拒否する国民がコロナ規制反対デモ集会を活発化してきた。シャレンベルク氏はワクチン接種の義務化宣言を残して何の未練や愚痴も漏らさず首相ポストから降りた(同氏はネハンマー新政権で外相に復帰する)。

ところで、量子テレポーテーションの実現で世界的に著名なウィーン大学の量子物理学教授、アントン・ツァイリンガー氏(Anton Zeilinger)は、「偶然でこのような宇宙が生まれるだろうか。物理定数のプランク定数がより小さかったり、より大きかったりしたなければ、原子は存在しない。その結果、人間も存在しないことになる」と指摘し、宇宙全てが精密なバランスの上で存在していると述べている。宇宙には数理性があり、数字には意味、哲学があるというわけだ。

「56日間首相」と「33日間教皇」は自身が属する世界で「最短在位期間」を樹立したが、両者に共通点、ないしは共通数はあるだろうか。探していくと見つかるものだ。シャレンベルク氏はオーストリア連邦首相「33代目」だった。パウロ1世は就任「33日」後、謎の死を遂げた。数字「33」が両者を結びつけているのに気がついた。そういえば、イエスは「33歳」の若さで十字架で亡くなった。数字「33」は、ひょっとしたら「任命されながら、そのミッションを(何らかの理由で)全うできない」という運命を背負っているのかもしれない。

蛇足になるが、数字にはエンジェルナンバーと呼ばれ、運勢が強い数字がある。「天使からのメッセージ」が含まれた数字だ。「33」もその一つだ。一国の首相に任命され、コンクラーベ(教皇選出会)でローマ教皇に選出されるということは確かにその人の運勢が強いことを物語っている。ただ、その運勢が全開する前に何らかの理由で急落してしまう。数字「33」には多くの謎が隠されている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。