イラン側の主張の決定的な「欠陥」

ウィーンでイラン核協議に参加したイラン代表団は交渉の4日目(12月5日)、核合意締結国(国連安保常任理事国5カ国とドイツ)に2つの提案を提出した。一つは米国の制裁解除問題、もう一つはイランの核活動に関する内容だ。イラン代表は、「国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)に沿ったものだ」と説明した。それに対し、英仏独の欧州3国代表は、「イランの提案内容はこれまでのラウンドで合意した内容より後退している」として、協議でのイラン側の非協調性を非難した。いつものことだが、イランの主張の論理と欧米側のそれとの間には決定的な違いがあることに気が付く。

▲ウィーンのイラン核協議風景 IRNA通信

イラン代表団のアリ・バーゲリー・カニ外務次官はイタリアのANSA通信とのインタビューで、「今週の会談でイランが提案した内容は“論理的で十分な根拠”があり、更なる交渉の基礎になる」と語った。イラン側がいう「論理的で十分な根拠のある主張」とは、米国のトランプ前政権が2018年にJCPOAから離脱を表明したことでイラン核問題が停滞した。その主因は米国側が作った。だから問題解決の最初の一歩を踏み出すのはワシントンでなければならないという、という理屈だ。具体的には、米国は核合意から離脱し、イランに対して制裁を科したので、核協議を再出発するためには米国側に現状復帰が求められるという論理だ。これがイラン側の「論理的で十分な根拠のあるな要求」だ。

そのうえで、イラン側は、「同提案は交渉の基礎であり、他の当事者はイランの要求に文書化された対応を行うべきだ」と強調、「欧州と米国の代表団は、イランがJCPOAと国連安全保障理事会の2231決議、および以前の協議の合意に完全に基づいたテキストを提示するとは考えてもいなかったようだ。彼らは驚き、交渉を止め、自国に相談するために戻っていった」と、交渉の舞台裏をイラン側の視点から分析している。

同次官は、「エブラーヒーム・ライシ大統領の政権は実際的な戦略を追求している。最小限の譲歩を与え、最大限の譲歩を引き出すことを望んでいる西側の代表団はイランが提示した案に満足していなかったことは明らかだが、イランの提案に法的な欠陥を見つけたり、JCPOAに矛盾していると説明したりすることはできなかった」と自信満々に答えている。

イラン側が主張する論理的な立場には決定な欠陥がある。厳密にいえば、イランは、米国の核合意離脱とイランがその後に実施した核合意に違反した濃縮ウラン関連活動とを並列に置き、どちらが先に行動を起こすべきかという点に焦点を絞って、核合意から離脱した米国側が制裁実施前の原状復帰を行うべきだと要求しているわけだ。米国の核合意離脱、その後の対イラン制裁は米国とイラン間の問題だが、イランが米国の核合意離脱後に実施した核関連活動は国際条約の義務違反の問題だ。

イランは両者を恣意的に並列に取り扱っている。イラン核協議と核合意は同国の核関連活動が焦点であり、13年間の交渉の末に締結されたものだ。その核協議と核合意にどの国が参加し、どの国が後日離脱したかは問題の主要部分ではない。最大の問題は核合意だ。核関連活動は一度、その制限を超えて実施し、濃縮度60%の濃縮活動を実施した場合、それを元に返すということは実質的には出来ない。米国は離脱した条約に翌日にも再加盟できるが、イランがその間、実施した核関連活動を離脱前の状況に戻すことは難しいのだ。ウィーンのイラン核協議が難航するのは、イラン側が核合意状況に復帰することに抵抗しているからである。米国が制裁を解除しないからではない。それこそイラン側の詭弁なのだ。

イランは濃縮60%のノウハウを手に入れた。それを再び3.67%の最初の濃縮度に戻したとしても、いつでもまた濃縮度60%に引き上げることができる。イランが一度、レッドラインを越えて橋を渡った以上、欧米側がイランの核開発計画にこれまで以上に警戒するのは当然だ。だから、「イランは先ずその核関連活動を停止し、国際原子力機関(IAEA)の包括的な核査察を受けなければならない。その結果「シロ」と判明された場合、イランへの制裁を段階的に解除していくというプロセスとなる。逆ではない。イランの核問題の解決はもはやリビア方式しかないのだ。さもなければ、イラン核関連施設へのイスラエルの軍事爆破計画が現実味を帯びてくる(「イスラエルのイラン核施設爆破計画」2021年10月23日参考)。

イランは19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反した。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR-1」に代わって、新型遠心分離機「IR-2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。そして、今年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことが国際原子力機関(IAEA)報告書で明らかになっている。なお、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。

イランが核関連活動の一部制限、停止という案を交渉テーブルに出してくるかもしれないが、米国の制裁解除を得るためのイラン側のバーゲンセールには応じるべきではない。イランの核問題の解決にはならない。せいぜい、イランに核開発の時間を与えることになるだけだからだ。ウィーンのイラン核協議は決裂する危機に直面している。

注・・イラン側の主張内容はIRNA国営通信(英語版)からの引用。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。