「日本人が知らない近現代史の虚妄」が浮き彫りにする戦後日本の巨大な盲点とは

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日本の近現代史では「従軍慰安婦問題」などに関心が集まりがちで、なかなか「それ以外」の問題が脚光を浴びにくい状況です。しかしそんな「もっと重要なのに忘れられがちな問題」を俎上にのせて、正面から切り込む野心的な書が登場しました。それは「日本人が知らない近現代史の虚妄」という江崎道朗氏の最新刊です。

この書籍は多くの方にとって、自分の歴史認識を検証するのに最適な一冊となるでしょう。

著者江崎道朗氏は、産経新聞「正論」執筆メンバーのお一人であり、「江崎塾」を主宰して日々精力的に研鑽と情報発信をされています。主な著書に『日本は誰と戦ったのか』(ワニブックス)、『知りたくないではすまされない ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』(KADOKAWA)、『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』(PHP新書)などがあり、「インテリジェンス」を中心においた近現代の読解に特色があります。

さて、題名にある「虚妄」はやや強い表現ですが、それは著者江崎道朗氏が感じている危機感の強さを表しているのではないかと感じました。現代の中学高校用教科書などが提示している近現代史に関する「定説」のなかには、事実からの乖離幅が大きいことが判明した部分もあります。一部とはいえ確かに見直しが必要な「陳腐化」事例も存在するでしょう。

あやしい歴史修正本とは違うのか

江崎道朗氏の普段の論考を知らない方の場合、本の表題から次のような疑問を抱くかもしれません。

「戦後80年近く経った今、もはや新事実など出ないのではないか?」
「なぜ今さら近現代史の見直しをするのか?」
「よくある日本礼賛『歴史修正主義』の本ではないのか?」

 それぞれの疑問に対する答えは次の通りです。

疑問1:「戦後80年近く経った今、もはや新事実など出ないのではないか?」
それが出てくるのです。戦後50年となる1995年頃より機密文書の開示が進みました。それを受けて、同書によれば主に欧米で「近現代史の見直し」の動きがあるといいます。それら「欧米で見直されつつある近現代史」と「日本で定説とされる近現代史」との差異をあきらかにしているのが同書の特色です。

疑問2:「なぜ今さら近現代史の見直しをするのか?」
「今さら」ではなく、1991年のソ連崩壊や戦後50年経過による米国の機密解除など、逆に「今だからこそ」「今になってやっと」隠されていた事実を知ることが可能になったのです。ですから見直し箇所の有無は人それぞれでしょうが、一度検算をしてみるのは有意義でしょう。

疑問3:「よくある日本礼賛の『歴史修正主義』の本ではないのか?」
これも全く違います。同書の主張とは、「新たに判明した史実に基づいて、歴史認識をより事実に近づけて行きましょう」というものです。それは政治的な偏りのあるイデオロギーではなく、逆に「政治的な偏りを排して虚心坦懐に歴史に向き合おう」という素直な提案だと考えます。よくある「実はアジア開放の戦争だった」「日本は正義の戦いをした」などのような、牽強付会に日本を称賛する要素は一切ありません。

具体的にはどのような書籍なのか

まずは出版社サイトから、同書についての紹介文を抜粋します。

日本人が知らない近現代史の虚妄 | SBクリエイティブ (sbcr.jp)

インテリジェンス・ヒストリーで近現代史を見直す

アメリカやヨーロッパで近現代史の見直しが進んでいる。「ヴェノナ文書」や、「リッツキドニー文書」といった機密文書の情報公開などにより、様々な事実が明らかになってきている。インテリジェンス・ヒストリーと呼ばれるジャンルが、これまでの歴史認識をアップデートしているのである。一方で、日本人はいまだに従来までの歴史観にとらわれている。本書は近現代史認識のグローバルトレンドをとらえ、国際社会で通用するために必須の知識が身に付く一冊である。

次に、具体的な記述を抜粋すると次のような構成になっております。

同書第七章 変わりゆく「リメンバー・パールハーバー」から引用します。

一九四一年十二月 真珠湾攻撃

【通説】日本陸軍が英領マレー半島を、日本海軍がハワイ真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争が開始された

“一九四一年十二月一日の御前会議で対米交渉の不成功が判断され、日本の米英開戦が最終決定する。(以下略)”

【見直し】アメリカでは近現代史の見直しが進み真珠湾攻撃は日米両国がそれぞれの国益を追求した結果…(以下略)”

なお、評者が確認したところ開戦決定前後の定説部分は、ほぼ『詳説日本史 改訂版』(山川出版社、高校教科書)に沿った内容でした。従って、確かに定説とされている言説だと認められるでしょう。つまり反証対象文言の「藁人形化」などは一切されておらず、信頼性は高いと認めました。

発売直後なのでこれ以上は抜粋しませんが、この他にも数々の興味深い定説の見直しを提案しています。仮に同書が提示する新事実を、一般人である自分が史資料にあたり検証するならば、おそらく膨大な作業量かつ到底達し得ない内容だろうと感じました。

また、【通説】と【見直し】として対比する形式で簡明に記述されているので、大変読みやすいことも同書の特徴でしょう。

日本の近現代史にある巨大な盲点を照らす

最期に同書全体を概観して最も価値のある点を記します。それは、

「日本の近現代史に存在する巨大な『盲点』を可視化している」

ということです。

具体的には、「20世紀前半におけるソ連の(負の)影響」を浮き彫りにしている点です。もちろん、その全貌は今まさに研究が進んでいるので、最終形ではない「暫定解」でしょう。しかし、ソ連の影響や責任についてはなぜかほとんど言及していない日本の近現代史の定説に対して、「見直し提言」を正面から直球で投げ込んでいることに江崎氏の志を感じます。不言及事例の一つに「ポーランド侵攻」があります。第二次世界大戦を考察する上でこの「ポーランド侵攻」事件の理解は重要です。これはドイツが予めソ連と内密に約束して始めた侵攻であり、結局独ソが共同で分割した事案ではないかと考えます。しかしこの事件について日本の教科書では、実態としての「ソ連による侵略」の色合いがほとんどそっくり抜け落ちます。例えば山川出版社の世界史高校教科書では次のような記述です。

イギリス・フランスはソ連とも軍事同盟の交渉にはいったが、西欧諸国の態度に不信をいだいていたソ連はナチス=ドイツとの提携に転じ、1939年8月末、独ソ不可侵条約を結んで世界を驚かせた。これに力を得て、ナチス=ドイツは9月1日、準備していたポーランド侵攻を開始した。イギリス・フランスはドイツに宣戦し、第二次世界大戦がはじまった。ポーランドはドイツ軍に圧倒され、1939年9月半ばにはソ連軍の侵入もうけて敗北し、両国間で分割された。(「詳説世界史改訂版」山川出版社、2018年版より引用、太字は引用者)

ナチス=ドイツは「準備していたポーランド侵攻」とする一方、ソ連軍は「侵入」となっております。評者はここに、「善悪の評価」が混入している気配を感じます。このテーマに関する同書の見解は大変興味深いものです。ご関心のある方は、是非同書にあたり深く吟味して頂きたいと考えます。

むすび

20世紀の世界におけるソ連の影響は大きく、戦争などの惨禍を世界中に振り撒いたことは事実でしょう。そのソ連について、日本の近現代史では表面的な記述にとどまり、その恐るべき「実態」についてはほとんど言及されておりません。そのため日本史も世界史も近現代史に関する記述は極めて歪で、理解しにくいものになっているように感じます。

評者は常々、この「巨大な盲点」が存在する教科書で次世代の日本人が教育されている状況を憂慮しております。そのため、この「盲点」を可視化して広く一般に提示している同書に感謝しております。なお、再度申し上げますが同書はいわゆる「大日本帝国礼賛本」では決してありません。また内容を鵜呑みにして、全ての方に肯定して頂きたいとも考えておりません。

今回注目した「日本人が知らない近現代史の虚妄」は、現在定説とされる近現代史を是とする方も非とする方も、反証または検証のために一読の価値がある一冊と言えるでしょう。