ニカラグアの独裁大統領再選と中国資本の運河計画

「ニカラグアのオルテガ大統領は7日の選挙で、知名度の低い候補者相手に4期連続を目指したが、彼に真の挑戦ができる人たちは刑務所にいた」(結果は当選)と11月7日に「Politico」が書いた一月後、「The Hill」は「ニカラグアは9日、台湾との外交関係を解消し、台湾を自国の領土と主張する中国との関係を復活させた」と報じた。

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この結果、台湾と国交を持つ国は14ヵ国となり、そこには中米「北部三角地帯」のうちのグアテマラ、ホンジュラス、そしてベリーズが含まれる。この米政治メディアの2本のニュースは、米加及び中南米33カ国が構成する米州機構、とりわけ中米諸国に内在するいくつかの課題を反映している。

その一つを16日の「Foxnews」が、サキ報道官と同紙記者との次のようなやり取りを通じて報じている。

記者:エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラ(*「北部三角地帯」)からの移民の根本原因に対処する担当者はまだ(カマラ)ハリスですか?

サキ:はい、ハリスはまだ担当しています。

メキシコ国境を越えて米国で身柄を拘束された不法移民の数を、10月20日のワシントン・ポストが「今年9月末までの1年間で170万人に上った」と報じた。7月8日にはCNNが「昨年10月以降100万人を超えた」と報じていたから、この3ヵ月で70万人増えたことになる。

Foxは、グアテマラのジャマテイ大統領が同紙に「ハリスともバイデンとも、ホワイトハウスの誰とも、6月以降連絡を取っていないと述べた」として責任者ハリスを難じ、「割り当てられた役割に十分な能力がないという事実」を指摘、彼女の「支持率は常に30%を下回って」いると書く。

ハリスは先般、総額12億ドルの「中米への民間企業のコミットメントを発表」した。ペプシコの北部三角地帯の工場改善と流通ルート拡大1.9億ドル、パークデール・ミルズのホンジュラスの新糸紡ぎ施設1.5億ドル、人道支援団体のジェンダー平等センター新設5千万ドルの他、MS、マスターカード、JDEピーツ、カーギルなどの投資が含まれる(13日の「The Hill」)。

そのせいか、グアテマラの大統領は英メディアに対し、中国から新型コロナウイルスワクチンの提供を見返りに国交を結ぶよう提案されたことに言及、これを拒絶したと明かした上で「台湾こそ真の盟友」と述べた(12月15日の台湾中央社)。

同じ日の産経は、「ニカラグアの首都マナグアで14日、中国から提供された新型コロナウイルスワクチンの接種が始まった」との新華社電を報じた。国交回復手続きで訪中したラウレアーノ大統領顧問(オルテガの息子)らに中国から寄付されたシノファームワクチン100万回分のうち20万回分を使ったという。

以下では、これら中米の諸問題の内、復活しそうな「ニカラグア運河構想」(GCIN)について述べる。

11月13日の「ブルームバーグ」は、「ニカラグアの野心的な大洋間運河計画の背後にいる中国の元億万長者王靖が、米国と欧州議会が茶番と呼ぶ選挙で4期目を勝ち取ったオルテガ大統領に、祝福書簡を送って再び表に出て来た」と報じた。

拙稿「スエズ運河の巨大コンテナ船座礁で想起する三つの話」でも触れたがニカラグア運河の歴史は古い。中国に精通する小原凡司氏(笹川平和財団上席研究員)が、米国は19世紀半ばにカリフォルニアで発見された金を東海岸に輸送するためこの運河を計画したと16年6月の論考に書いている。

小原氏は、パナマに白羽の矢を立てたのはコロンビアから独立させることに成功したからだとし、米国はニカラグアにも、軍艦で威嚇したり、暴動に海兵隊を派遣したり、ドイツに運河権利を渡そうとした大統領を辞任させたりしたと書く。

続けて、この地域を潜在敵国に押さえられることは、米国の喉元にナイフを突き付けられているのと同じだからで、欧米諸国は中米での権益と安全保障環境を巡ってしのぎを削っていたとする。1980年代には米国に依る反政府勢力コントラへの支援がICJで国際法違反とされたこともあった。

元JICAの中内清文氏が運営するサイト「海洋総合辞典」には、1780年に英海軍が後のネルソン提督らを派遣してニカラグア運河ルートを調査し、翌年にはスペインがマヌエル・ガリステオを派遣してニカラグア湖と太平洋との間の運河ルートを調べ、1786-89年にはフランス人がニカラグアに運河建設を申し出た、と書かれている。

何れにせよそこへ今日、共産中国が割り込んだ格好だが、王靖氏の「香港ニカラグア運河開発投資」による着工式典が14年12月にあり、1年半後の16年6月にパナマ運河拡張工事の完成式典が行われた時期に、中国事情に詳しい小原氏が論考を書いたことは、GCINの中国の浅からず関係を示唆する。

在ニカラグア日本国大使館の加賀美充洋が06年12月末、拡張後のパナマ運河とGCINを比較した資料を公表している。それに拠れば、パナマ運河拡張計画は06年10月のパナマの国民投票によって承認され、10年掛って完成した。

GCINはパナマの国民投票と同じ06年10月初めに米州国防相会議がマナグアで開催された際に発表された。「海洋総合辞典」には、この発表がニカラグア政府の「大運河検討作業委員会」が06年8月に公表した「ニカラグア両洋間大運河計画書」に基づくとある。

少し数字が古いが加賀美氏は、パナマ運河は05年に世界海上貨物量6,961百万トンの2.9%、200百万トンが通過した。GCIN完成後の19年は10,529 百万トンと推定されるが、拡張パナマ運河を通る量は約300百万トン(2.8%)で需給ギャップが生じる。が、416百万トンを通せるGCINは、世界海上貨物量の4.0%を受け持つ、とする。

「海洋辞典」に引用された「GCINの概要書」(06年8月)には以下の比較表が載っている。

なるほど計画通りGCINが完成すれば、海上貨物輸送に寄与しそうだ。が、加賀美氏はGCINの疑問点を3つ挙げる。

第一は水。閘門式運河は大量の水が必要で、パナマ運河は3つ人造湖を有する。GCINにも大西洋側のラマ河に巨大な人造湖が必要で、その水をニカラグア湖から供給するには膨大な電力が要るが、計画にはそれらの記述がない。

次が高低差。パナマ運河は海抜26mのガトゥン湖まで船を3段階で上げ、後に3段階で下げる。GCINのラマ河は海抜60mあり、パナマ方式なら上下各7段階が必要だが、計画は上下各4段階となっているし、水も電力もそれなりに必要だが、これで実現が可能か。

最後が掘削工事。計画には第2閘門と第3閘門の間の運河底辺部は海抜37mとある。当該地域の内陸部は高い所で海抜200mあり最大163m掘らなければならない。かつてレセップスがパナマ運河を断念した過酷な難工事と資金面の心配が予想される。

15年5月の「産経WEST」は、土地収用や自然保護区に対する環境破壊など地元住民の懸念が強まっているとし、中国外務省は「プロジェクトは中国の政府や軍と関係ない」、HKNDによる「自主的な行為」だと説明しているが鵜呑みにする向きは少ない、と報じている。

国交回復とワクチンの贈与を報じた13日の環球時報も、ニカラグア運河については「14年にニカラグアの委員会が運河のルートを承認し、ニカラグア政府は計画を重要視しているが、この計画はいくつかの論争を引き起こした」と15年当時と同様素っ気ない。

取り敢えず王靖氏を泳がせようということだろうか。一帯一路の凋落や恒大の負債問題、ジャック・マーらの粛清など、そして習近平独裁に対する民主主義国の包囲網などに鑑みれば、「米国の喉元」でのGCINの動向とそれへの米国の対応も注目に値しよう。