民主主義国家の鑑・台湾の国民投票を考察する(前編)

台湾で18日に実施された国民投票では、第17号から第20号までの4提案すべてで反対票が賛成票を上回り、4提案に反対の立場を表明していた民進党蔡英文政権を信任する結果となった。そこで本稿では、台湾の国民投票を通じて民主主義の原点である選挙や住民投票などを考えたい。

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日本では目下、武蔵野市長の提案した外国人への「住民投票権を認める」条例案が物議を醸しており、また米国が開催した「民主主義サミット」を巡っては、これに激しく反応した北京が「中国の民主主義は、米国の民主主義よりも『広範で、真正で、効果的』」と題する白書を公表した。

欺瞞に満ちた一国二制度の下で導入された国家安全法によって、民主主義が完璧に破壊された香港で19日に行われた立法会議員選挙は、ファイブアイズが懸念を声明した様に、北京に管理されたやる前から結果の判っている選挙であり、その反発から前回を28%ポイントも下回る30%の極めて低い投票率となった。

そもそも20年9月に予定されたこの選挙は、民主派が候補を絞り込むべく行った予備選挙を脅威と見た北京が、林鄭長官をして、同年6月に強硬施行した国家安全法で民主派主導者を根こそぎ逮捕した上、コロナ禍を理由に1年以上なし崩しに延期してきたもの。これが北京のいう民主主義だ。

そこで真の民主主義国家台湾の国民投票だが、提案の成立には有権者(約1980万人)の4分の1以上の賛成があり、かつ賛成票が反対票を上回る必要があるとされるので、少なくとも496万票の賛成票を集め、かつそれが反対票よりも多くなければ成立しない。以下が今回の結果だ。

◇第17号(原子力噂バスターズの黃士修氏提案)・・「第四原子力発電所を商業運転に移行させることに賛成か?」(投票率41.1%) 反対4,262,451票vs賛成3,804,755票(票差5.7%ポイント)

◇第18号(国民党の林為洲議員提案)・・「β作動薬のラクトパミンを含む豚肉および関連製品の輸入を全面的に禁止することに賛成か?」(投票率41.1%) 反対4,131,203票vs賛成3,936,554票(票差2.4%ポイント)

◇第19号(国民党の江啓臣元主席提案)・・「国民投票案が総選挙の6ヶ月前以降に確定した場合、国民投票を総選挙と並行して行うことに賛成か?」(投票率41.1%) 反対4,120,038票vs賛成3,951,882票(票差2.1%ポイント)

◇第20号(珊瑚礁連盟の潘忠政氏提案)・・「台湾の第三液化天然ガス基地が、桃園県大壇の海岸とその隣接海域に計画されている場所から移転することに賛成か?」(投票率41.1%) 反対4,163,464票vs賛成3,901,171票(票差3.3%ポイント)

4提案が反対多数で不成立だった結果の特徴には、全て蔡政権に対峙する側からの提案であること、投票率が4提案とも同じ41.1%であること、そして、反対票と賛成票の票差が最小2.1%ポイントから最大でも5.7%ポイントとかなり拮抗していること、などが挙げられる。

5.7%ポイントと最も票差の開いた第17号提案の第4原発の商業運転では、提案者が原発敷地周辺の断層は80万年前から活断層でないとの中央地質研究所の報告書を基に、安全面、経済効果、建設コスト、環境保全などでの優位性を主張したが、稼働は叶わなかった。

稼働反対派は、核廃棄物処理の社会的合意が得られていない、断層帯の多い地理的条件から安全上の懸念がある、原発メーカーが解散して免許が失効し、機械メーカーも生産中止した、燃料棒が米国に送り返されたなどを挙げる。メーカー問題は廃炉への影響も予想され、日本も他人事でない。

蔡政権の経済部次長(副大臣)曾文生氏が高雄市政府経済発展局長だった12年当時、筆者は原発についてお尋ねする機会があった。曾氏は「台湾で福島のようなことが起きれば、台湾がなくなってしまう」との趣旨を口になさった。震災の翌年だったこともあり、筆者には返す言葉がなかった。

その福島など近県5県からの食品輸入は、18年11月の国民投票で国民党提案が通って以来、未だ禁止のままだが、蔡政権は解禁に前向きだ。国民投票結果は2年間覆せないが、既に3年経った。

今回継続となった米国産豚肉輸入は、米国との関係を重視する蔡政権が1月に行政令で解禁し、国民党が国民投票を提起した。蔡総統は16日、輸入禁止となれば、台湾のCPTPP加入に影響するだけでなく、国内経済や産業の対外取引などへの衝撃は免れないと訴えた(17日の「フォーカス台湾」)。

福島と近県の食品輸入も、豚肉輸入に倣う対応を執る可能性があると筆者は考える。佐藤正久自民党外交部会長は自身のツイートで、福島案件を24日に開催する日台与党2プラス2で議題にする旨公表した。是非とも輸入解禁して欲しい。

さて、結果についての各党の反応だが、蔡総統は勝って奢らず、「国民投票に勝ち敗けはなく、国の方向性を問うもの」で、「政府への反対意見表明は民主主義社会では当たり前で、政策決定は意見の違いに対応すべき」とし、「民主主義は台湾にとって最強の防衛手段であり、政府は前途多難だ」と述べた。

一つも提案が通らなかった国民党朱立倫主席は謝罪会見で、「結果は民主主義を装う台湾の新しい独裁政権の勝利であり、台湾の民主主義の深化を願う市民団体と人々の敗北である」とし、「国民党は敵ではなく、友人をもっと見つけなければならない。党は今後も台湾の民主化を推し進める」と述べた。

24年の次期総統選を狙う柯文哲台北市長が19年8月に結成した台湾民衆党もこの結果を、「偽情報と策略」を非難し、どの提案も法的な閾値に達しなかったことは国民が「分裂を罰し」、「恐怖を煽ることに無反応だったことの証だ」とし、「国内の全ての政党に混乱を引き起こすはず」と述べた。

両野党の言い分は、まるで北京のそれのように筆者には感じられる。

以上、12月18日の国民投票について述べたが、4提案に第17号から第20号まで番号がある通り、これまで16の提案が国民投票に付された。以下では、立命館大学政策科学部蔡秀卿教授の優れた研究論文「台湾における公民投票制度とその実態」を参考に、台湾の国民投票を見てゆく。

現在の台湾の公民投票法は民進党政権下の03年12月31日に公布・施行された後、3回の小改正と18年1月の全面改正、そして19年6月の改正を経て今に至っている。公民投票には全国性公民投票(国民投票)と地方性公民投票(住民投票)があるが、ここでは国民投票のみに触れる。

戦後、日本に代わって蒋介石の国民党支配になった台湾社会では、二・二八事件を契機に中華民国史観と台湾史観の対立が表面化し、後者の廖文毅(1910-1986)は、台湾の民族自決権を主張するために民族自決的公民投票を主張した。

台湾史観者を中心に86年に結成された民進党は、台湾憲法の制定と独立国家、換言すれば主権国家としての国際法的地位、を獲得すべく国民投票を志向した。住民投票は、公民投票法制定前にも環境保全関係で約30件行われたが、法的根拠がないため結果を政策に反映するには限界があった

また憲法17条には、「人民は、選挙、罷免、創制(initiative)及び複決(referendum)の権利を有する」とあり、直接民主による権利も認められていたが、他の条項に「・・創制及び複決の両政権を行使するに至ったときは国民大会が辦法を制定し、これを行使する」とあり、大陸以来の「国民大会」が制約となっていた。

(後編に続く)