北京が晒される五輪ボイコットと民主主義サミットの洗礼(前編)

本稿では、ファイブアイズのうちの4ヵ国、すなわち米英豪加の首脳による北京五輪の「外交的ボイコット」発言とバイデン政権による「民主主義サミット」開催への反応で、「民主主義」と「人権」が不可分であることへの認識の欠如を露呈した共産中国=北京につき、3回に分けて述べたい。

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ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は現地時間6日午後のブリーフィングで、来年2月に北京で開催される予定の冬季五輪を「外交的ボイコット」する件、及び9~10日にWebで行われる「民主主義サミット」の件に関する記者の質問に、下記の様な趣旨を述べた。(以下は拙訳による)

問:五輪と外交的ボイコット(diplomatic boycott)について、大統領がこの動きを進めることを決定したという報道がいくつかあります。 大統領がこのような決定を下したということでよろしいですか?

答:バイデン政権は、中国が新疆ウイグル自治区で行っているジェノサイドや人道に対する罪、その他の人権侵害を考慮して、22年の北京冬季オリパラ大会に外交官や公式代表を派遣しません。米国選手は我々が全面的にサポートします。(略)大統領が習主席に伝えたように、人権のために立ち上がることは米国人のDNAに組み込まれています。我々は人権を促進するという基本的なコミットメントを持っており(略)中国やその他の国で人権を促進するための行動を取り続けるつもりです。

問:民主主義サミットについてですが、EU加盟国のハンガリーやNATO加盟国のトルコなどが招待されず、フィリピンやパキスタンなど、人権問題で特に酷い前科(egregious record)のある国が招待されている理由を説明して頂けますか?

答:民主主義サミットは、米国の政府関係者、市民社会のリーダー、そして様々な経験を持つ海外のリーダーが一堂に会し、民主主義の強化、権威主義からの防衛、汚職の撲滅、人権尊重の推進について話し合う機会です。招待されたからといって、彼らの民主主義への取り組みが承認されたことにはならないし、除外されたからといって、不承認の印になる訳でもありません。

このやり取りから判ることがいくつかある。それらは、この二つのイベントのキーワードが「人権」であること、次にバイデン政権が「外交的ボイコット」の語を使っておらず、またサミットへの招待の有無が相手国の人権への取り組みと関係がないこと、そしてこの政権が今後も人権を促進する行動を継続することだ。

だが筆者には、五輪への対応を外交官や公式代表を派遣しないに留め、そしてサミット招待国の人権の取り組みを招待基準と関係がないと言い訳したことから、北京に対して明らかに腰の引けたバイデン政権の姿勢が透けて見える。が、何もしないよりはましなので、話を先に進める。

五輪の外交的ボイコット

北京がそれぞれにどう反応したかは、中国共産党系の『環球時報』を読めば凡そ理解できる。先ず北京五輪の件について6日の同紙は、次の様な戦狼報道官趙立堅の談話を載せた。

北京冬季五輪の主役は各国のアスリートであって、個々の政治家ではない。所謂ボイコットを自慢げに語る政治家たちは、自らの政治的利益や注目を集めるためにやっているに過ぎない。彼らが来ようと来まいと、誰の利益にもならないし、北京が五輪を成功させることにも影響しない。

また7日の同紙社説はこう書いている。

米国選手は通常通り参加するし、他の国や地域の選手も同様だ。冬季五輪を成功させるという大枠は決まっており、五輪の精神と伝統を更に高めていく。ワシントンが正式発表した公式代表団の欠席は、深刻な考え過ぎと高度なナルシシズムの表れだ。中国の人々は彼らに対し「ハァッ、それがどうした?」の一言で返すだろう。

つまりは、サキ氏が挙げた新疆ウイグルでのジェノサイドに、北京はこれまで一貫して頬被りしてきたので、これを理由に何が起ころうとも、今さら動揺する訳にはいかないということだ。むしろ筆者には、目下燃え盛っている「彭帥事件」の方を北京が痛がっているように見える。

というのも、最初の彭帥の告発を黙殺しておけば良いのに、国際社会の反発に慌てて国営テレビで演技をさせるは、環球時報の胡錫進編集長にツィートさせるは、挙句IOCのバッハを2度も登場させるはしたものの、彭帥本人や近い人たちの肉声が出てこないので、却って火に油を注いでいるからだ。

加えて女子テニス協会会長は、「理事会の全面的な支持を得て、私は香港を含む中国で開催されるすべてのWTA大会を直ちに中止する」と発表、選手らもこれを支持し、後で腰が砕けたNBA(参考拙稿「世界のトラブルメーカー中国の面目躍如? NBAとの騒動の顛末」と違う毅然とした対応を見せた。

現役選手やレジェンドらが挙ってWTAの決断を支持したことは、北京五輪の出場候補選手に有形無形の影響を与える可能性がある。つまり、本来は本人の意思に任せるべきだが、SNSなどで不参加を強いる世論が形成されまいか、ということ。東京五輪のコロナを違って人権が絡むだけに事は複雑だ。

戦狼報道官は「ボイコットは欺瞞で、政治的な操作は五輪憲章の精神に有害だ」とも述べた。が、憲章の根本原則第1条1.4項には「人権保護の国際条約が五輪競技大会での活動に適用される限り、それを尊重すること」とある。新疆ウイグルのジェノサイドも彭帥事件もこれに抵触しよう(参考拙稿「『制裁ごっこ』は効果なし:北京五輪のボイコットが必要だ」)。

だのに岸田総理が「国益の観点から自ら判断していきたい」として、「国益」という語を持ち出したのは感心しない。そも「人権」とは人類にとり普遍的なもので、これに「国益」を云々すると「内政干渉」を常套句に反論する北京につけ込まれかねない。やはりこの方は、発言に対する思慮が浅い。

民主主義サミット

一方、バイデンの大統領選公約だった「民主主義サミット」に対する北京の反応は、五輪ボイコットと比べ激しい。『環球時報』は、先ず2日に広州で開催された「2021年中国理解会議(広州)」の開会式で習近平が述べた「今日の中国を理解するためには中国共産党を理解することを学ばなければならない」とのビデオ演説を報じた。

記事は復旦大学中国研究所張所長の「西側諸国は民主主義と独裁主義を定義し、複数政党制と普通選挙だけが民主主義の普遍的な価値の基準であるとし、それよってのみ中国は『普通の国』となって国際社会に受け入れられると信じている」が、「そのパラダイムは『良い統治か悪い統治か』というパラダイムに置き換えられるべきだ」との談話を載せ、中国を正当化した。

翌3日には、これも復旦大学中国研究所の研究員の口から「西洋民主主義の危機と苦境の真の根源はシステムの構造的な欠陥にある」ので、「米国の『民主主義サミット』が反面教師の茶番劇に過ぎないことは、歴史が証明してくれるだろう」と言わせている。

翌4日は「中国 機能する民主主義 – 地域民族自治のシステム」と題する、16年と20年の内モンゴル、広西チワン、チベット、寧夏、新疆ウイグル、雲南、貴州、そして青海のGDPや都市化、貧困率の改善についての記事を載せた。

しかしながら、仮に記事に嘘がないとしても、それらが中国の民主主義が機能した結果かどうかは検証のしようがなく、国内向けにも海外向けにもまともに通用するものではない。

(中編に続く)