施行から3週間経った香港国家安全維持法の今

高橋 克己

筆者のアゴラへの投稿を知る知人から、「お前はもう香港にも中国にも行けないな」と言われ、怪訝な顔をすると「国家安全法だよ」と彼。香港に国家安全維持法(以下、安全法)が施行されて3週間経った。そこで本稿では、安全法に関するここ最近の話題を二つ取り上げる。

一つ目は、筆者が中国や香港に行けなくなるかも知れぬ話。それは、6月30日に全人代常務委員会で採択されて即日施行された安全法の内容がネットサイトなどで明らかになり、既存メディアやネットで様々解説されている38条の件だ。

17日のニューズウィーク日本語ネット版の「中国を批判すれば日本人も捕まるのか?──香港国安法38条の判定基準との記事で、中国に詳しい遠藤誉氏はその38条をこう翻訳している。

香港特別行政区の永住権を有しない者が、香港特別行政区外で、 香港特別行政区に対して、本法が規定した犯罪を実施した場合、本法を適用する。

大陸生まれの遠藤氏の翻訳は確かだろう。そしてこう解説する。

  • 一般日本人は、香港から見れば「永住権を有しない者」の範疇。
  • 日本人が日本で「本法が規定した犯罪を実施した場合」も安全法の処罰の対象。
  • 但し、外国の捜査権は日本に及ばないから、香港や大陸の警察が日本に来て逮捕はできない。
  • 香港や大陸の領土領海に入った時には香港や中国が権力を行使する。

次に「本法が規定した犯罪」を以下の「4つの罪」と解説する。

  • 国家分裂罪  台湾独立、香港独立、チベット独立、ウイグル独立など、一つの中国の行政範囲内と中国がみなしている地域の独立を掲げて運動を起こす罪。
  • 国家転覆罪  中国共産党による一党支配体制を転覆させようとする罪。
  • テロ活動罪  説明するまでもなし。
  • 外国勢力と結託し国家安全を害する罪  香港市民が米国の民主団体や基金の支援を得て国家分裂や国家転覆などを目論むこと。

次に、「北京がほぼ確固として抱いている判定基準」として以下を示している。

  • 香港独立や台湾独立などを叫んで大衆に呼びかけ、団体を作って扇動活動を行うこと。
  • 香港市民あるいは団体などに抗議運動を行うよう支援金を供与すること。抗議運動に「国家分裂、国家転覆、テロ活動」などが含まれれば完全に香港国安法の対象。

そして「こういった内容に関わってない限り、どんなに個人で、海外で中国批判を行なおうと、それは処罰の対象とはならない」と結論している。つまり、筆者がアゴラで「中国共産党けしからん」などといくら騒いだところで大丈夫ということだ。

まあそうだろう。もっとも安全法が施行される前から、去年は北大教授や古くは建設会社社員が、日本人以外でも去年はカナダ人が、いずれもスパイ容疑で逮捕されたから、中国のやりたい放題は今に始まったことでない。が、筆者は台湾にしか行かないから問題ない。

 

が、遠藤氏が「中国の場合は法規の不透明性がある」とするのには違和感がある。拙稿「中国はなぜこうも国際法を踏みにじって恥じないのかに書いた通り、韓非子に時代から「法教」の国だから「法律は立派」。憲法第2条にも「中華人民共和国のすべての権力は人民に属する」とある。小室博士に依れば中国には「主権という概念がない」のに。

では何が問題かといえば、中国は法の「運用が不透明性」なのだ。つまり、取り締まりや罰金徴収は役人の気分次第ということ。それが証拠に、安全法65条には「この法律の解釈権は全国人民代表大会常務委員会に属する」とある。

二つ目は香港の立法院選挙の話。民主派が行った候補者選びの予備選挙に、600万人弱の有権者の1割強61万人が主にネットで投票した。香港の立法院挙制度は、行政府が親中派で固めるべく採用したクオータ制なるもののせいで極めて解りにくい。が、死票を避ける多党乱立が有効らしい。

このため民主派(21)と親中派(8)で29もの政党が60議席を分け合っている。民主派内も、穏健な汎民主派と強硬な本土派とで半々に分かれ、それぞれ1~2議席を持つ。ジョシュアこと黄之鋒や周庭らが所属していた香港衆志(デモシスト)は本土派の一つだ。

ジョシュアこと黃之鋒氏(本人ツイッターより)

この予備選挙を行政府(と北京)は安全法に違反すると脅しあげる。例えば、国民民主党の代表選びの選挙を安倍政権が非難すると考えれば、如何に奇異かが知れる。選挙を経ずにトップが決まる国柄(日本の共産党や立憲も同じだが)だから、とにかく北京は国民に選挙を見せたくないのだ。

加えて行政府は、香港基本法遵守の誓約を立候補の条件に加えた。しかも基本法には安全法を含むとしている。が、基本法への安全法付加はかつて香港市民の猛烈な反対で03年に頓挫しているから、今回北京が押し付けた安全法を基本法に入れ込むことこそ、重大な基本法(と中英宣言)違反だろう。

ジョシュアを含め、予備選で立候補資格を得た民主派の多くも誓約を拒否する意向らしい。誓約すれば安全法を認めたことになるからだという。誓約を拒否することで立候補資格を取り消されることも覚悟の上とジョシュアは述べている。

だが、筆者はこれを拙策と思う。「悪法も法なり」で、これを理由に立候補を拒否されたら元も子もない。立法議会に議席がなければ成し得ないことが多過ぎる。誓約しても何かと難癖をつけて、立候補させないかも知れぬ。が、難癖をつけられる理由を自ら増やすのは得策でない。

そもそも安全法があろうがなかろうが北京の気分次第だし、ジョシュアが認めようと認めまいと、もはや安全法が施行され、それが適用される社会になった現実は否定しようがない。その状況を覆すには、まず立候補して立法議会の過半数を制することではないのか。考え直して欲しい。