国の「認諾」による裁判終結
学校法人「森友学園」への国有地売却をめぐる財務省決裁文書の改ざん問題で自殺した元財務省近畿財務局職員の妻が、大阪地裁に国と当時の佐川財務省理財局長に対し、合計1億1250万円の損害賠償を求めた訴訟は、12月15日被告国が原告の損害賠償請求を「認諾」したため、国に対する訴訟は終結した。
原告の訴状によれば、亡くなった赤木俊夫氏は2017年2月財務省理財局や上司の指示で決裁文書を改ざんしたが、その後うつ病を発症して休職し、2018年3月に自殺した。赤木氏の妻は決裁文書改ざんの強要が自殺の原因だと主張し損害賠償を求めていた。
民事訴訟上の「認諾」とは何か
今回の国による「認諾」は、民事訴訟法266条で定められており、被告が原告の請求を認め訴訟を終結させる訴訟行為である。民事訴訟は、原告の請求の法律的当否のみを判断するための法的手続きであるから、被告が請求を認めれば訴訟はその時点で終了する。このように、民事訴訟は「当事者主義」(「弁論主義」)であり、訴訟当事者である原告と被告(国を含む)の自由意思に基づく行為(「契約自由の原則」)が最大限尊重されているのである。これを講学上「処分権主義」ともいう。
国は今回の「認諾」の理由として、「原告の夫が強く反発した財務省理財局からの決裁文書改ざん指示への対応を含め、森友学園案件に関する様々な業務に忙殺され、精神的肉体的に過剰な負荷が継続したため、精神疾患を発症し自死に至ったことにつき国家賠償法上の責任を認める。」(12月15日付NHKニュースウェブ参照)と述べた。
国の「認諾」に対する評論家・マスコミの批判
今回の国の「認諾」については、元大阪府知事・弁護士の橋下徹氏をはじめ評論家・マスコミからは「国は真実を隠したいから認諾した。」などの厳しい批判がある。確かに、なぜ決裁文書が改ざんされたかについては今もって真相は謎である。麻生前財務大臣も「それが分かれば苦労しない。」と述べている。
各種報道によれば、決裁文書における安倍元首相夫人の安倍昭恵氏や、政治家などに関する記述が抹消され改ざんされた。財務省の文書改ざんの目的や動機は、何よりも、安倍元首相の「私や妻が森友学園への国有地売却に関与しておれば首相も議員も辞める」との軽率な国会答弁が強く影響したものと筆者は考えている。改ざんは当時安倍内閣打倒を叫ぶ野党からの追及を避けるために行われた可能性が大きい。しかし、上記国会答弁は逆に「関与していない」との自信の表れとも解釈できよう。
民事裁判は真相究明の場所ではない
いずれにしても、なぜ決裁文書が改ざんされたのか、その目的や動機は何なのか、さらに、国有地売却が適正であったかどうか、などの真相究明は本件民事訴訟のテーマでも目的でもない。これらは安倍内閣打倒のために野党が政治問題化したものである。あくまでも、改ざん指示と自殺との因果関係の有無及び国の責任の有無がが本件訴訟のテーマ(「訴訟物」)である。
国は「認諾」によって、まさに本件訴訟のテーマである、改ざん指示と自殺との因果関係を認め、明確に国の責任を認めたのである。今回の国による突然の「認諾」は、原告の妻から手紙を受け取り、「聞く力」を標榜する岸田首相の決断と考えられる。前記の評論家やマスコミの批判は、民事訴訟の本質を理解せず、民事訴訟に政治問題を持ち込む、的外れの「ポピュリズム」というほかない。
民事裁判は真相究明の場所ではない。民事裁判は原告の請求の法律的当否(「本件の場合は改ざん指示と自殺との因果関係の有無及び国の責任の有無並びに損害賠償額の当否」)のみに限って判断する手続きに過ぎないのである。