岸田政権のコロナ給付金方針変更について、最初はふ~んと思ったのだが、ふと気がついて怖くなった。それは、しばらく続いたマスコミに左右されない政治の終わりの始まりのように思えたからである。
今回の方針変更自体については、本当に国民が望んでいる方向ならいいのだが、自民党が公約でうたっていたことと違う方向への変更なのでその変更のプロセスが気になった。政権がやりたいことよりマスコミに突っ込まれないことを重要視する姿勢が垣間見えるからである。
つまりこういうことである。
そもそも今回の選挙で自民党のみが現金ばらまきを公約に挙げていなかった。厳密には、維新の会は金額の明示はないものの、給付付き税額控除とベーシックインカムをうたっており、これもある意味ばらまきだといえる。
それに対し、自民党は「非正規雇用者、女性、子育て世帯や学生への経済的支援」としているのみで金額明示はなく、必要としない世帯には配布せず、単なる貯蓄にもさせず、経済回復につなげる給付、ということを政党公約としてあげたものと思われる。財源や経済に責任を持つ政権与党として考えた公約だろうと思う。その施策がいいか悪いかではなく、自民党の公約はそうなっているという事実に留意したい。
そのうえで、今回の選挙で、国民はばらまきをしないといっていた自民党を支持した、ということを踏まえておく必要がある。
選挙前の報道では、自民党はばらまきを明記していないということを一応は報ずるものの、どの政党もばらまきであり政党間の給付政策に差異はない、と結論づけていた。この報道でもマスコミは自民党が反論しないのをいいことに、自民党もばらまきが公約であるというミスリードをしていたことにも留意が必要である。
しかし、さらっとではあっても自民党だけは違う書き方である、とは報道されていたので、ちゃんとメディアを見ていれば、自民党のみがばらまきに賛成してはいないということは読めたはずである。自民党に投票した人がどれだけこれを認識していたか疑問ではあるが、少なくとも公約にはばらまきは書いていない。
今回、最初に岸田政権が給付に対し、子育て世代に限定し所得制限を設けかつ、費用がかかろうとも現金とクーポンに分けたのは、まさしく責任与党として公明党との連携の上で選挙公約をぎりぎり守ったということであろう。
ところが、今回、方針を変更したことで、ばらまきに近くなってしまった。これはある意味、公約を守れなかったわけで、自民党を支持した国民との約束に反するように思う。公約の変更は、はっきりそれを明言して国民に説明する必要があると思うが、今回の変更についてはあまりにもさらっと決まったように見える。この説明なしの公約変更はどういうことだろうか。
国民が方針変更を求めていた、世論がこういっている、というマスコミの説明の恣意性は、安倍政権での世論調査と選挙結果の乖離を見るまでもなく、今回の選挙速報でのマスコミの願望と事実の乖離の大きさが物語っている。岸田首相の方針変更は単なる「聞く力」の結果ではないように思う。
どんな施策にも明るい面と暗い面がある。大きな流れと例外的な事項があり、例外的な事項でも保護しなければならない重要なこともある。そこに焦点をあて施策の再考を要求することもマスコミの重要な仕事ではある。しかし、視聴率のために意図的に全体事項と例外事項を混同し、例外事項を強調し、全体の方向性を誤らせることになると問題である。
ワクチン接種拡大やオリンピックを考えると、多くの反対があったにもかかわらず方針を貫き成功に導いたのは菅政権である。
この菅前首相の施策ではマスコミの反対運動があやうく成功しかけた、いや視聴率という点からは成功したのかもしれない。マスコミの世論誘導に抗したその結果が政権の崩壊であった。
前の政権崩壊を見て、いかに正しいことであろうとマスコミに逆らうことが政権保持にはかなり危険なことであると岸田首相は考えたはずである。
安倍政権がマスコミのトークやマスコミの行う世論調査を無視しても長く続いたのは、マスコミがなんと言おうと選挙で勝ち続けたからであり、すなわちそれは国民がちゃんと政権を支持していたからであった。菅政権に変わり、選挙を経ない中、つまり安倍政権のような国民の支持が証明されない段階で、マスコミによりいろいろあおられることにより政権を維持できなくなったことを岸田首相は身にしみて感じたのではないか。
最近の報道でもそろそろ岸田政権の報道に反対ありきの姿勢が垣間見えてきた。今回の給付でも、お金がもらいたいか、早くもらいたいか、使用制限がないほうがいいかと聞けば、ほとんどの人はYesと答えると思うしマスコミはそれを大きく取り上げるが、それではいけないと考えるからこその責任与党としての自民党の公約であったはずであるし、国民はそれを是としたのでる。
今回、自民党は選挙で大勝ちしたが、岸田政権での選挙の初回であり、参院選も控えているので、マスコミの巨大な力を考えたときに、安倍政権のような進め方でいく自信がまだないのであろう。
その気持ちもわからなくはないし、ひょっとしたら参院選で勝てばそのあとは・・・と思っているのかもしれないが、今回の方針変更は至近の選挙結果を軽んじ、マスコミにおもねっているように見える。
いや、マスコミではなく自治体が反対している、という意見もあろう。確かに自治体にとっては余計な手間がかかることになるのでやりたくはないだろう。支給方法に大阪が反旗を翻したことが方針変更の大きな要因のようにいわれるが、ばらまきを公約としていた維新の会に属する首長の意見なのだから反旗を翻すのも当然であり、維新以外でも野党に近い首長なら、誰でも公約としていたばらまきを主張するのは当然でもある。そういう首長の意見に従うより国政選挙の結果に従うことが、民主主義に沿うことになるはずである。
菅政権が、無理だという自治体の反論にもかかわらずワクチンの接種拡大を成し遂げたことをマスコミは一向に報じない、こういうことをしっかり報じたうえ、今回の自治体の反対を論じ報道するならいいが、なぜかマスコミは報じない。
「聞く力」と首相はいっている。聞いてしっかり判断することはいいことだが、前に宣言していたことを変えるときは、宣言を変えることをしっかり説明すべきであり、今回のように説明なしにさらっと変えるのは、実は「マスコミの意見を聞く力」だったのではないか。マスコミに隙を見せないために、肝心な公約変更という側面を無視し早めに手当てした、というのは邪推だろうか。
先に述べたように、選挙の結果を重んじれば方針変更はないはずであるし、聞く力を発揮した結果、方針を変えたのであれば公約を変えることについて説明すべきである。それこそマスコミのいう「政府は説明が足りない」である。
公約変更の説明なくこうも簡単に方針を変えてしまったのは、これ以上突っ込むネタをマスコミに与えないことには成功したものの、結果としてマスコミの進めたい方向に政策が変わってしまったことになる。本来の政権の意思と違う方向なら危険な兆候に見えるがどうだろうか。
選挙を経ないマスコミの意思は国民の多数の意思ではない。仮に今回の変更が、もっと実害が多いマスコミ迎合の変更であったなら、岸田首相は政権運営がうまい、という単純な話ではなくなっていた。マスコミが国の政治を主導することにつながっていかないことを祈るばかりである。
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田中 奏歌
某企業にて、数年間の海外駐在や医薬関係業界団体副事務局長としての出向を含め、経理・総務関係を中心に勤務。出身企業退職後は関係会社のガバナンスアドバイザーを経て2021年4月より隠居生活。