47年制定の憲法に基づく第1回国民大会の代表は、台湾だけでは改選できず、無期限に任期延長され「万年代表」といわれた。李登輝は、粘り強い交渉と新たな住宅提供や多額の退職金を条件に、91年末までに万年代表を退任させた(拙稿「陳水扁元台湾総統の『話の肖像画』で台湾を深く知る」)。
(前編はこちら)
2000年4月の民主党政権による憲法改正で、国民大会の権限の全てがなくされ、実質的に国民大会が廃止となって、憲法改正案の複決権がようやく国民に還ることになった。
国民投票の適用範囲には、①憲法に基づく複決、②法律の複決、③立法原則の創制、④重大政策の創制及び複決、の4つがあるが、ここで、創制(initiative)と複決(referendum)という日本人には馴染みのない用語について、蔡論文の次の一文から読み取ってみる。
重大政策の創制は、公民が特定の重大政策につき政府に対し積極的作為により実現するよう投票を通じて意思表示するものである。重大政策の複決は、公民が重大政策に対し投票を通じて意思表示し最終決定するものであると解されている。
つまり「創成(initiative)」は「政府に対する、投票による意思表示」であり、「複決」は「投票を通じた意思表示の最終決定」を意味するようだ。メディア報道では「4件」と報じられるが、筆者は冒頭にリンクを張った英字紙「Taipei Times」に「initiative」とあることから、これを「提案」とした。
よって今回の国民投票は「提案」の可否投票であり、これがどう「複決」されるかが重要なので、次にこのことを見てゆく。それは18年11月に行われた第7案から第16案のうち、3件を占める同性婚関係の提案及び2件を占める性教育関係の提案がどう「複決」されたかということ。
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外見的には同性婚関係提案(第10、12、14案)も性教育関係提案(第11、15案)も反対多数で通過した。ところが、行政院は同性愛者婚姻法案を立法院に送付し、19年5月に制定・施行された。後者でもLGBT 教育を含む多元的性別教育政策が維持され、共に「創制」結果と異なる「複決」となった。
筆者は、中国嫌いの台湾人の友人の中に、蔡政権を支持しない者が少なからずいることに疑問があったが、その理由の一つがこれだ。つまり蔡政権は党名「民主進歩党」の通り本質的に「リベラル」なので、台湾の保守層の一部はその対中姿勢は支持するものの、ここには一線を画している。
そこで、投票結果と異なる「複決」となった理由だが、蔡論文はそれを4つ挙げている。それらは、①提案の主文の意味の不明確(大法官解釈との齟齬)、②有権者のそれへの理解の不明確、③偏頗な活発な事前活動、④通過した場合の政府の可能な対応への提案者・有権者の理解の不十分などだ。
蔡論文には、有意義な国民投票にするための「国民投票主文の表現の在り方、事前活動の規制、公民投票教育などの課題が見えてきている」とあるので、以下「主文の表現」を見てみたい。本稿では紙幅の関係で第10条の主文が憲法に違反するか否かについてだけを考察する。
◇同性婚関係
- 第10案 貴方は民法規定で婚姻を一男一女の結合に限るものとすることに同意するか。
- 第12案 貴方は民法婚姻規定以外の方式で同性愛者の永久共同生活の権利を保障することに同意するか。
- 第14案 貴方は民法婚姻規定で同性愛者の婚姻を保障することに同意するか。
これに関連する17年5月24日の大法官748号解釈(憲法と同等の効力を有する)はこうだった。
- 現行民法が同性カップルの婚姻を立法していない、という立法の不作為が違憲であること。
- 同性カップルの婚姻の形態をいかに保障するかについては立法裁量であること、すなわち民法婚姻等の規定を改正または個別法で定めるかについては明示せずに立法機関の判断に委ねること。
- 2019年5月24日までに同性カップルの婚姻を保障する立法がされない場合、同性カップルが本大法官解釈を根拠に結婚登記することができること。
この大法官解釈に第10条提案が違反するか否かの見解が、国民投票を8ヵ月後に控えた18年3月の聴聞会で分かれた。
違反とする見解は、大法官解釈は同性婚の婚姻を認めており、婚姻の形態保障を民法でするか、他の特別法でするかについては立法判断に委ねているのであって、第10案で婚姻を一男一女(異性婚)に限定するという前提の問い自体が、同性婚を認めている大法官解釈の趣旨に反するというもの。
他方、違反しないとする見解は、大法官解釈では同性カップルの親密かつ排他的な永久結合関係しか示しておらず、「婚姻」までには言及していないので、婚姻の定義は明確でない。本提案は婚姻の定義を問うものだから、大法官解釈に反しないというもの。
ところが所管機関はここを調整しないまま投票に付し、その結果、行政府は後者の見解を採って本国民投票案を実施した。となれば、約760万人の有効同意票者が本案の主文をどのように理解して投票したか、その真意が何かが問われることになる。
つまり、提案者が同性婚反対者なので、提案を同性婚の賛否を問うものと理解して、同性婚に反対するという意思で同意した者がいることが考えられる一方、同性婚を認める大法官解釈を前提に、主文を「民法で異性婚規定を維持し、同性婚は別途に特別法を制定する」と理解して同意した者がいることも考えられるという訳だ。
後者は同性婚反対者ではなく、同性婚を民法以外の特別法で定めることに同意するという者だろうが、その場合、提案主文は同性婚の賛否を問うのか、それとも同性婚の保障形態(民法か特別法か)を問うのかについては明確ではない。よって投票結果の有効同意票者の真意も明確ではないことになる。
蔡論文は、主文の内容の明確化や具体化と国民投票が大法官解釈ないし憲法に反してはならない旨の明文化が必要だとし、所管機関は国民投票が違憲の疑いある場合、大法官に対し違憲審査を申し立て、その判断まで実施を中止する措置を採るのが望ましい、と述べている。
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武蔵野市の住民投票条例の一件も、先行して制定された自治基本条例を含めて憲法違反の有無が熟議されるべきだし、その憲法では、第96条に基づく憲法改正に関連し、国民投票法が平成22年5月から施行され、令和3年6月には投票環境向上のための一部改正が行われた(総務省サイト)。
同サイトには「国民投票の流れ」としてこう書かれている。
①憲法改正の国民への提案
国会議員により憲法改正案の原案が提案され、衆参各議院においてそれぞれ憲法審査会で審査されたのちに、本会議に付されます。両院それぞれの本会議にて総議員の3分の2以上の賛成で可決した場合、国会が憲法改正の発議を行い、国民に提案したものとされます。②国民の承認
憲法改正案に対する賛成の投票の数が投票総数の2分の1を超えた場合は、国民の承認があったもの となります。※憲法を改正するところが複数ある場合、憲法改正案は、内容において関連する事項ごとに提案され、それぞれの改正案ごとに一人一票を投じることになります。
専ら憲法条文を解釈する憲法学者が世の中に存在するところを見ても、その条文は難解だと知れる。台湾の国民投票の顰に倣えば、国会議員が提案する「憲法改正案の原案」の文言には、解釈に毫も誤解が生じない明快さが求められる。できるなら、憲法学者が要らなくなるほどに。