ペルー・カスティージョ大統領の弾劾動議否決

ペルー大統領官邸
出典:BBC News Mundo

弾劾審議をさせないよう使った手段

今月6日、ペルーのペドロ・カスティージョ大統領が「道徳的な能力欠如」だとして弾劾の為の審議を行うか否かの投票で76票が審議の反対を支持し、46票が賛成、4票が棄権という結果が出て弾劾への道は絶たれた。議会で弾劾の為の審議を進めて行くには52票が必要であった。また弾劾の可決には87票が必要とされていた。

ペルー共和国議会の定員130議席で与党自由のペルーは党としては最大の議席数を持っているといっても37議席しかない。今回の動議を否決に導く為には票が足らなかった。そこで党首のウラジミル・セロン氏が使った手段は、野党で資金洗浄など犯罪を犯して起訴されている議員を抱えている6政党が反対票を投じるように説得したことだ。

また、与党自由のペルー内もセロン氏とカスティージョ氏を支持する議員で二分していた。当初、大統領に裏切られたと感じてしたセロン氏を支持する議員は弾劾に賛成すると当初表明していたが、投票の段になって弾劾に反対を表明した。

大統領弾劾の理由

大統領に就任してまだ100日余りしか経過していなかった11月25日、野党のパトリシア・チリノス議員がカスティージョ大統領の弾劾を目指しての動議を議会に提出したのが始まりであった。

同大統領は政権運営に不慣れで、しかも政権が発足してからまだ100日余りを経過しただけなのに19人の閣僚から成る内閣で既に首相を含め10人の閣僚が入れ替わっていた。

しかも、つい最近も政府の官房長官ブルーノ・パチェコ氏が辞任した。理由は大統領の親友の2人の息子を大佐から将軍に昇格させるのに彼が大統領に代わって軍部に圧力を掛けていたということが判明したからだ。この影響でそれを拒否した軍の統括本部長ビスカッラ・アルバレス将軍が解任されるという出来事があった。それ以外にも彼の友人で企業家の為に税務監督庁に圧力を掛けていたということも判明している。これらの不祥事が弾劾への動きが起きた理由であった。(11月24日付「BBCムンド」から引用)。

弾劾の為の審議が否定されたあとブルーノ・パチェコ官房長官の官邸の浴室の中から2万ドルが警察の捜査で見つかっている。この資金は汚職に関係した資金と見られている。

5年の任期満了を果たすことは難しい

今回28人の議員が動議の議会への提出に署名したが、議会で審議されるには前述したように52議席が必要で、弾劾の可決には87議席が必要となっていた。ペルーの共和国議会は9政党から成り、野党は79議席となっている。弾劾を成立させるには6政党の野党79議席に加え、与党に味方している2政党14議席の中から弾劾に賛成するように説得が必要となっていた。

この動議に署名したケイコ・フジモリ氏が党首を務めるフエルサ・ポプラルは「この政府は国家を導くことにこれまで無能であることを示して来ている。よって、フエルサ・ポプラルはこの弾劾の動機に署名することを決定した」と述べた。(11月25日付「RPP」から引用)。

少数政党でしかない与党という軟弱な基盤の上に立ち、しかも政治経験が全くの皆無というカスティージョ大統領がこれから5年先の任期満了まで大統領して政権を担って行くことは不可能であろう。遅かれ早かれ、彼を弾劾させる動きが再び起きるのは当然の成り行きである。

ペルー問題研究所(IEP)の世論調査でも任期満了はできないであろうと回答した人が62%もいる。任期満了できると回答した人は31%。(11月28日付「ラ・レプブリカ」から引用)。

しかも、国民からは次第に支持を失っている。政権を運営して行くのではなく、自らの不慣れな大統領としての地位を維持することに明け暮れているのが現在のカスティージョ大統領である。

「エル・コメルシオ」は世論調査機関イプソスの協力を得てカスティージョ大統領への支持率を11月14日付で同紙に掲載した。それによると、10月に42%の支持率であったのが11月に入ると35%まで後退。また不支持率は先月の48%から57%に増加。特に、首都のリマでの不支持率は69%にまで及んでいる。

小学校教師が大統領になれた理由

学校の教師で教員組合のリーダーだったカスティージョ氏が大統領になれたのもペルーの自由の党首セロン氏のお陰であった。セロン氏は自らが大統領に成りたいと望んでいたが、彼は汚職などで起訴されている関係から立候補できないでいた。そこで彼の手足となって動ける人物としてカスティージョ氏を大統領にすることを誓った。カスティージョ氏が大統領になると、首相にはセロン氏の右腕的な存在で嘗てテロ組織センデロ・ルミノソを称える人物ギド・ベリード氏を首相に推奨した。そうすることによってセロン氏は大統領の職権を遠隔操作で握ろうとしたのである。実際、べリード氏が首相に就任したことには野党は強く抗議した。

セロン氏は共産主義者でキューバのカストロ氏やベネズエラのチャベス氏を称える過激左派。彼の政党のお陰で大統領になったカスティージョ氏は当初閣僚の編成にもセロン氏の助言に従っていた。何しろ、政治には全くの素人であったからだ。しかし、大統領に就任して政権を運営して行くにつれてセロン氏の助言に従っての政権運営は困難だと理解するようになった。それで野党からの要請もあってべリード氏らセンデロ・ルミノソに間接的に関係していた閣僚を解任。そうすることによって野党との歩み寄りを図った。

しかし、大統領に就任して以来明確な施政方針を打ち出すことなく、報道メディアへの接近は極力さけている。これまでに彼が議会に提出された議案は僅かに1件だけである。これまでの前任者だと最初の100日余りで10件から40件の議案が提出されていた。

また意思判断を明確にしないカスティージョ大統領に対し議会を始め彼に投票した有権者の間でも不満が募るようになっている。実際、イプソス(Ipsos)による最近の世論調査でも大統領を支持しないと答えた人は58%にも達している。そして彼を今も支持していると答えた人は僅か37%という結果が出ている。(11月25日付「インフォバエ」から引用)。

政権継続は困難

2016年から2020年までに2人の大統領が罷免させられている。が、カスティージョ大統領を弾劾するには国民の間でも時期早々だと考えている人がまだ多くいるようで、11月28日付の「ラ・レプブカ」は55%の人が彼の弾劾には反対していることをペルー問題研究所の調査結果として挙げていた。

彼の政権が発足した当初、共産・レーニン主義者のカスティージョ氏が大統領に就任したことで、ペルーはベネズエラやキューバのような独裁国家になるのではないかということが右派議員や軍部の中で強く懸念された。

その不安が表面化したひとつが退役軍人の一部グループが軍部の総括司令官並びに陸・海・空のそれぞれ司令官に書簡を宛てて「仮にカスティージョ氏が大統領になるような事態になれば、軍はクーデターを遂行すべきだと促していたことが明らかにされるという出来事があった。

この書簡が生まれた背景には共産・レーニング主義者が大統領になるということ自体が軍部にとって受け入れられないことであると同時に、カスティージョ氏が左翼ゲリラ組織「センデロ・ルミノソ」と間接的に関係していると判断したからである。軍部はこの組織と激しく戦って来た経験からこの組織と関係している者はだれであれ軍部では受け入れることができないのである。

彼の政権が誕生した当初から現在に至るまで企業経営者そして軍人と彼の政権への不安は止むことなく続いている。そして国民からも次第に見放されてつつある。このような状況の中での政権を運営は長く続くことは不可能に思われる。