1967年からスペインの外交官として活躍し、3か国の大使を務めたあと外務省の報道官や国連大使にもなった、いつも蝶ネクタイ姿のイノセンシオ・アリアス氏(81)がペドロ・サンチェス首相と彼の政権について手厳しい批判をしていることに興味深い内容が盛り込まれている。
それを以下に披露したい。というのも、スペインというEUでGDPにおいて4位の国であり、地政学的にも重要な位置を占めているスペインがトランプ前大統領とバイデン現大統領から無視され続けている現状はサンチェス首相という人物が一国の首相としての器ではないということを如実に示しているように思われるからである。
首相の采配の悪さから第五列に置かれたスペイン
スペインという国は歴史的にも、地政学的にも、また経済的にも世界で重要な位置を占めて当然であるべき国だ。ところが、サンチェス首相が政権についてからはアリアス氏が述べているように「ペドロ・サンチェス首相の政権はスペインという国が蔑視されて第五列に置かれている」と指摘していることでも窺われる。11月28日付「ABC」から引用)。
更にアリアス氏はABCのインタビューの中で「民主主義の(スペイン)現政権の中に共産主義者がいるというのは奇妙なことだ」「共産主義者の閣僚が東ドイツと書かれたTシャツを着ているのを東ドイツの圧政に苦しまれたドイツ人が見たら何と思うだろうか?」「米国やカナダよりも現在のベネズエラやキューバやニカラグアにより親近感を感じる閣僚が政府内にいるというのを米国人、イギリス人、カナダ人が見たらどう感じるだろうか?」と述べた。
「サンチェス首相は政権に就く前に、共産主義者のポデーモスとの連立政権は否定していた。『彼らと政権を組めば私は夜も眠れなくな』と語っていた。そのようなことを言明しておきながら最終的にはポデーモスとの連立政権を誕生させた」と述べ、ブルボン王家を擁立させている立憲君主制のスペインで、「ポデーモスの閣僚が立憲君主制の存続を表立てて否定していることにサンチェス首相は沈黙を守ったままでポデーモスの閣僚に慎みを要求しない」と語って、一国の首相としてその無責任さにアリアス氏は驚きを見せた。
また社会労働党とポデーモスの閣僚同士が見解の違いを首相は閣僚内で収めるのではなく、特にポデーモスの閣僚はそれをメディアで公にすることが頻繁にある。それに対してもサンチェス首相は何もしないことにも不満を表明した。
独立しようとしているカタルーニ州政府に味方するサンチェス首相
カタルーニャが独立しようとしている問題にサンチェス首相はそれを助長するような政治的判断をこれまでして来ている。
2017年10月に独立の為の住民投票を実施したカタルーニャの政党の州政府の元閣僚をスペイン政府は恩赦した。恩赦された彼らはまた住民投票をする意向を表明している。彼らにスペインの統一を乱したという罪意識はまったくない。このような彼らをサンチェス首相は司法の反対を押し切って恩赦したことにアリアス氏は深く憤りを表明した。
良識ある外人が見ればこのようなサンチェス首相の姿勢には誰も理解できないでいるということだ。
更に同氏が批判しているのは、スペイン語によるカタルーニャでの教育は法廷によって25%はスペイン語で行われる義務があると規定されている。それに対してカタルーニャ州政府はこの規定に従う意向の無いことを表明している。そしてカタルーニャではカタラン語による教育をこれからもより徹底させる意向であることを州政府が表明している。それに対してサンチェス首相は何もしないということ。
なぜサンチェス首相はカタルーニャ州政府の反逆に何もしないのかという質問に、「理由は政権を維持し続けたいからである」と同氏は指摘した。その背景にあるのは、現在のスペイン政府は社会労働党とポデーモスの議席を足しても過半数に届かない。過半数にするためにサンチェス首相が使っている手段は、カタルーニャの独立支持派政党やバスクの同じく独立支持派政党がスペインの下院に持っている議席の支持を常に得るようにして政権を維持しようとしているからである。
来年度の予算の議会承認もこれらの独立支持派政党の議員の賛成票が必要である。勿論、その為には交換条件の提供が必要になって来る。それらの交換条件で要求してくるものは常に独立を助長させるものであって、スペインの統一の妨げになるものである。それをサンチェス首相は政権にしがみ付きたいが為にスペインの統一を犠牲にしているのである。この問題点をアリアス氏は厳しく批判している。
更に誰も理解できないでいるのは、その為にテロリストのエタが基盤になって設立された政党ビルドゥからの支持にも頼っているのである。この姿勢にはエタによって暗殺された人を家族に持つ人たちにはサンチェス首相のこの判断に強い憤りを感じている。
米国から無視され続けるサンチェス首相
トランプ前大統領に無視されたサンチェス首相はバイデン大統領とは強い絆を持ちたいと望んでいた。バイデン氏が大統領に就任した時に世界主要国のリーダーにバイデン氏は電話を入れた。唯一例外はサンチェス首相であった。彼にはバイデン大統領から電話がかかって来なかった。
スペインはフランコ将軍の時代から米国とは強い絆で結ばれていた。スペインは北アフリカとは一番近い距離にあり、また地中海への玄関となっている国だ。更に、スペインには米国の空軍と海軍の基地もある。
これまで米国の歴代大統領は率先してスペインの首相と緊密な関係を維持して来ていた。その絆を壊したのはサンチェス首相を背後から支援している同じく社会労働党出身のサパテロ元首相である。サパテロ氏は選挙の公約通り首相に就任すると早速イラクからスペイン軍を撤退させたのである。
この判断に当時の米国のブッシュ大統領(息子)は憤慨。それ以後、ブッシュ氏はサパテロ氏を完全に無視。ブッシュ氏が任期満了前にEU諸国を訪問した際にスペインへの訪問はなかった。
その後、スペインは国民党からラホイ首相になって米国との関係は幾分回復した。そして首相がサンチェス氏になると、米国のトランプ前大統領は同じくサンチェス首相を完全に無視。その決定打となったのはトランプ氏が推していたベネズエラのグアイドー暫定大統領がスペインを訪問した際にサンチェス首相はグアイドー氏との会談を拒否して外相のゴンサレス・ラヤ氏がサンチェス首相の代行を務めてグアイドー氏と会談を持ったことある。
EUではドイツは当時のメルケル首相、英国はボリス首相などヶ国の首相がグアイドー氏と会談を持った。唯一例外はスペインだけであった。この姿勢にトランプ前大統領はかなり憤慨したそうだ。それ以来、トランプ前大統領はサンチェス首相を完全に無視したのであった。
そこでアリアス氏も指摘しているように、バイデン氏が大統領になってサンチェス首相は関係回復を目指した。しかし、サンチェス首相の共産主義者のポデーモスとの連立政権をバイデン大統領は受け入れることができない。
しかも、ポデーモスの閣僚はベネズエラのチャベス前大統領から始まってマドゥロ大統領の政治顧問になっていたメンバーのひとりが第3副首相になっていたということで、機密情報がマドゥロ大統領に流れることも警戒してバイデン大統領は尚更スペイン政府との関係は距離を置く方針を貫いたのである。
バイデン米大統領と僅か29秒の立ち話し会談
ところが、サンチェス首相は米国との関係回復に躍起となっていた。そこで首相官邸では一つの策が浮かんだ。今年6月のNATO首脳会議でバイデン大統領と個別会談を持つことの調整に動いた。しかし、それは果たせなかった。そこで考えられた策は首脳がNATO本部のホールに向かう通路でサンチェス首相がバイデン大統領に接近して立ち話をする。それをスペインのテレビが映すという者であった。
二人が一緒に歩いたのは僅か29秒。それが両者の初めての接触であった。この29秒の間に何を喋ったのかスペインの記者からの質問に、両国の軍事面での絆、ラテンアメリカの現状と不法移民についての話題を挙げたと記者会見で答えた。29秒でこの3つのテーマを喋ることなど到底不可能であるというのは誰でもわかる。それをサンチェス首相はいつもの得意な詭弁を使って答えたのである。
アリアス氏はバイデン大統領からサンチェス首相が相手にされていないことについて「バイデン氏はサンチェス氏を軽視しているのではない。無視しているだけだ。なぜなら彼という人物にバイデン氏は関心がないからだ」と語ったのである。