日本の組織がDXできないのはDXのせいではない :『IGPI流DXのリアル・ノウハウ』

冨山和彦氏といえば、数々の経営再建の現場で修羅場をくぐり抜け、経営リーダー層に助言してきた人物です。その冨山和彦氏による「IGPI流 DXのリアル・ノウハウ」は、現場がDXを導入するための実践書として執筆されています。共著者の望月愛子氏はDXの実装の経験が豊富で、その叙述にもとても説得力があります。

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現役のビジネスマンである以上は、AIなどDX周りの技術は避けて通れません。もちろん、ふつうのビジネスマンに求められるのは、もちろんAIのプログラミングではなく、「AIに経営上何ができて何ができないか」「そのコストとベネフィットの見合い」「競争領域と協調領域の見極め」を判断できる能力を持たねばならないということです。

広い意味で、DXは「デジタル」で「変わる」がキーワードである。(P25)

多くの企業のDXプロジェクトは事例の発表会になりがちだそうですが、「自社のできる範囲だとしてもまずやってみること」を強調しています。ペーパーレス化でもいいので、とにかく始めることです。

DXのリアル・ノウハウ

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とうぜんDXをきっかけに業務を見直さなければなりません。

そもそもの業務や実現したいことの最適なオペレーションやアウトプットとは何かを明確にして、それをデジタルの力で実現していくものなので、多くの日本企業のような融通無碍な業務体系とは相性が悪そうです。

デジタルを活用した既存事業の磨きこみによって人的、資金的リソースを捻出するという、私たちの将来のための「借り物競争」である。(P47)

さらに進むと、ローコスト・オペレーションなどではなく、プラスを生み出す活動になります。そのためにも、組織のOSを「デジタルファースト」に変え、それを組織に浸透させていくことが、DX推進のカギとなります。DXは、社員のロイヤルティ(主従関係のような忠誠心)ではなく、エンゲージメント(対等な信頼関係)を高める施策でなくてはなりません。また、DXへの投資をきっかけに、自社の営業キャッシュフローを見直すことも必要になってきます。

経営者の本気度がカギとなるというのは、本書で何度も述べられています。変化の対応力を磨き上げることがDXの目的となるので、経営者が短期で決めてトップダウンで行っていくしかないのです。「任せても出てこない」という経営者の怠慢は、会社を滅ぼすことになります。

現代の経営は、だれかに上のレイヤーの一番おいしいところ(制空権)をとられると、その下で地上戦でいくら努力をしても報われないビジネスになってしまいます。

経営も、人材も、個々人も、働き方、生き方をトランスフォーメーションしなければならない時代であって、トップ経営層の長期的な本気のコミットメントが必要となってきます。つまり、「デジタル」で「変わる」は、日本の組織がいちばん苦手とするトップダウンの変革になります。

われわれ現役世代は、DXを進めても不要な人材にならないようにするか、DXを先送りにして会社とともに滅びるかという選択を迫られています。それはこの数十年間の不作為の結果なのです。

また、各章にはさまった「DX悪魔の辞典」がとても秀逸です。これだけでも読む価値があります。

  • DX:ICTやITがさすがに古びてきたので、代わって登場してきた関連事業者によるマーケティングバズワード。
  • 自己資本:「自己」って誰よ?Shareholder’s Equityのこれまた世紀の大誤訳。
  • PDCA:いずれにせよ滅多に循環しない循環的経営手法。