アメリカの金融政策転換に思うこと

アメリカの中央銀行に当たるFRBが今までの金融緩和政策から一転して引き締め方針を打ち出し、予想通り金融市場に激震と疑心暗鬼が起きています。

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今回はパウエル議長の変心が肝でした。そもそも「今のインフレは一時的」と昨年はほぼ一貫した主張をし、イエレン財務長官も同調していたものの年の後半になってアメリカの物価上昇は加速し、記録的な水準になったことから「これは一時的ではない」という各界からの合唱にパウエル氏が「そうだね。一時的というのは撤回しよう」としたのです。それだけならまだしも「量的緩和はさっさと止め、金利は22年に3回ぐらい上げようかね」とその変身ぶりはヒートアップします。

挙句の果てに1月5日に12月に開催されたFOMCの定例会議の議事録が公開され、その際の議論では「もっと早く金利を上げよう」という内容になっていたことから市場は「ええー!」となったのが顛末です。

私はパウエル氏はもともと好きではありません。それは発言が妙に軽い時があり、本当に自分の意見なのだろうか、と思わせることがあるのです。特に就任当初はひどかったのですが、市場に叩かれ、トランプ氏に叩かれ、ようやく改善してきたのですが、このところのパウエル氏にはまた昔の軽さが戻ってきたように見えるのです。

それは現在の状況に対して金融政策に過信し、それだけで乗り越えようとしている無理があるのです。今回のインフレは何度も指摘するように違うところに理由があります。コロナの制約の中、ゼロカーボン化の動きが世界で進み、資源価格が逆に暴騰します。人々は「ないものねだり」と物価の先行き高も見据え、早くモノを欲しがりましたが、物流を担うロジスティックスは一朝一夕にはどうにもなりません。おまけにコロナで企業活動には大きな制約がかかり、実質的な労働生産性は下がってしまいました。

ところが物価高なので本来下がったはずの労働生産性は統計で見えてきません。これが企業業績を良く見せたわけです。自動車は値引き販売が当たり前だったその常識が覆され、不動産はし好の変化に即座に対応できず、高騰し続けます。半導体が足りないからあらゆる方面の製品が不足し、人はその代替商品を得る状況となります。私から見ればフェイクの消費ブームなのです。

よってそもそもパウエル氏が一時的なインフレと主張したのはある意味正しかったと私は今でも思っています。ではそれを撤回しなくてはならなかったのはなぜか、といえばコロナが収まらず、一時的であるべき状況が改善しないからです。つまり1年ぐらい前はワクチンも出来て経済はこれから正常化するという大きな流れがあったのにオミクロン株がやってきて宙ぶらりんな状態になった、これが現状です。

当初想定の前提であるコロナからの脱却があれば世の中の景色は変わってきます。但し、時間がかかるのです。なぜなら人々のパーセプションはそう簡単に変わらないからです。「本当にコロナは終息したのか?」「また違うのがやってくるのではないか?」という不安は2年ぐらいは付きまとうのでしょう。そうすると労働市場が非常にいびつになるのです。労働参加者が増えない中、労働者は取捨選択をします。「レストランはマスクをしない客に給仕するからやりたくない」「ファーストフードのカウンター業務は人と対面。絶対いや」となるわけです。

すると労働市場はひっ迫していると統計的には出ます。失業率も低くなります。中央銀行の役目は労働市場と物価の安定ですから失業率は十分改善した、物価は高い、だから金利を上げないわけにはいかないという当然の帰着があります。ですが、これは数字がそうであっても数字の中身が本質ではないのです。アメリカ経済がこの2年で革新的な躍進を遂げた事実はありません。経済的改革は何も起きていないのです。

あくまでもコロナとカーボンゼロという極めて大きなファクターに人々と企業の行動が異常値を示しただけです。よって本来であればアメリカは量的緩和は終結させても利上げについてはもっとゆっくり、そしてコロナの状況を見定めるという条件を付けるべきだと思うのです。

さもなければ私や多くの市場関係者が予想するように今年の金融市場は乱高下する可能性が高まるのです。FRBはもっと達観した視点を持ってもらいたいところです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年1月7日の記事より転載させていただきました。