高齢女性被疑者の8割近くが万引き犯:彼女たちはなぜ盗むのか?

衛藤 幹子

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最近、ニュースの社会面で目立つのが高齢者の犯罪だ。事実、統計的にも犯罪に手を染める高齢者の増加が証明されている。令和2年版「犯罪白書」によると、刑法犯の検挙人員(被疑者数)は近年減少傾向にあり、2004年の389,297人に対し、2019年は192,607人と半減した。ところが、65歳以上に限っては増加こそすれ、減少はみられない。

図1は人口10万人当たりの高齢者の検挙人員の年次推移を20歳未満との比較で示したものである。20歳未満に比べると高齢被疑者の割合はかなり低い。しかし、減少率に注目すると、20歳未満の犯罪率が大きく低下しているのに対し、高齢者のそれは2000年代後半にかけて上昇し、その後減少したものの、2010年代半ば以降は横ばいである。そのため、全検挙人員に占める高齢者の割合は増加をたどり、2019年は22%、犯罪者の5分の1強を占める。

女性の高齢被疑者の動向を図2でみてみよう。図1の全被疑者と同じような傾向であるが、特徴的な違いもある。女性の場合、20歳未満と高齢者グループの人口比がより接近している点だ。当然、女性被疑者に占める65歳以上の比率は上がり、33.7%(2019年)と全被疑者のそれよりも10ポイント以上も高い。

性差は犯罪傾向においてもみられる。高齢者の犯罪を罪名ごとに分け、その男女別の割合を図3に示した。傷害・暴行、横領や詐欺といったより悪質な犯罪では、女性の関与は男性よりも目立って低く、女性は相対的に軽微な犯罪に走る傾向にある。なかでも、「万引き」の占める割合が著しく高い。万引きは男性高齢者の間でも最も多いが、女性の場合は8割近くに上る。

万引きは、組織的な集団万引きのような事例を除いて、日々の暮らしの延長線上にある、ちょっとした弾みや出来心で一線を超えてしまう敷居の低い犯罪である。

高齢女性が道を誤ってしまうのはなぜなのか。

この疑問のヒントになる資料がある。東京都が2016年の秋から2017年春にかけて実施した高齢者の万引き行為の要因に関する実態調査である(「『高齢者による万引きに関する報告書』の策定について」平成29年3月23日)。

調査は、万引きで検挙された高齢者と一般の高齢者に同じ質問をし、万引き高齢者の一般高齢者とは異なる傾向を探り出すことによって、万引き行為に影響する4つの要因を明らかにした。

1つ目の要因は彼らが困窮感を抱いている点である。万引きの高齢被疑者の世帯収入は一般高齢者よりも低いが、客観的には困窮状態とはいえず、むしろ本人が自分の生活は苦しく、他人に比べて生活レベルが低いと感じる特徴がみられた。

次に、体力の衰えや認知機能の低下である。被疑高齢者は一般高齢者よりも身体の衰えを実感し、また認知機能低下の進行がみられた。

3つ目は、脆弱なストレス耐性と低いリスク認識である。彼らの規範意識は一般高齢者と同程度ながら、自己抑制が効き難く、ストレスに弱い。また、万引きがもたらすリスクを認識できず、行為の結果を甘くみる傾向にあった。

最後に、高齢被疑者の希薄な社会関係が挙げられる。調査対象の被疑者の約6割は未婚、離婚、死別により配偶者がいなかった。また、5割弱が独居であった。交友関係が希薄になる高齢者にとって、家族は彼らが社会と出会う貴重な場である。

人は他者との対話、交流によって自己を見つめ直し、出来心を反省し、さらにストレスや不安を緩和させる。家族関係はストレスにもなるが、軋轢や諍いも含めて家族との日々の暮らしは彼らが万引き行為に走るのを抑止する。近隣住民や地域ボランティア、自治体による声かけや訪問などの支援も同様の効果がある。

東京都の調査に性別による分類はなく、以上の4つの要因は被調査者全体の分析結果である。万引き犯の8割近くが女性である点を考慮すると、女性被疑者がかなり含まれていると推測できる一方、調査が照らし出す高齢被疑者像はあくまで一般論、どの女性にも当てはまるものではない。それでも、日本の高齢女性が置かれた孤独な現実をみるにつけ、万引きに走る高齢女性のイメージが都の調査結果に重なる。

夫に先立たれて、遺族年金で生計は成り立つものの、余裕はなく、できる限り出費は抑えたい。独立した子どもたちは自分のことで精一杯、母親のことなどまるで眼中にない。孤独や不安、ストレスで自制心を失い、気が付いたら万引きしていた。おまけに店員の目を掠めて盗むときにはスリルさえ味わえる、といったところであろうか。

老いも若きも女性は生きづらい。