台湾とEU東部:新旧の共産国盟主が絡む二つの火薬庫(後編)

年明け早々、カザフスタンのトカエフ大統領は非常事態を宣言し、ロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)に、彼が「テロの脅威」と呼ぶものへの対応で同国を支援するよう訴えた。CSTOはこれに同意し、評議会議長であるアルメニアのパシヤン首相は6日、カザフスタンに平和維持軍を派遣すると述べた(VOA報道)。

カザフスタン・アスタナの街並み
Rafael_Wiedenmeier/iStock

1月2日にマンギスタウ地方で燃料価格高騰に抗議して始まった騒乱は、その後数日で国土の半分に広がった。ロイター電に拠れば、5日夜から6日未明にかけ首都アルマトイで抗議デモの参加者が治安部隊と激しく衝突し、CSTOはロシアの空挺部隊を送り込んだ。治安当局は、武力鎮圧によりデモ隊数十人が死亡、2千人以上を拘束し、少なくとも18人の治安部隊員が死亡したと発表した。

19年3月まで約30年間初代大統領を務め、ロシアのプーチン、ベラルーシのルカシェンコと共に長期政権を誇った国家安保会議議長ナザルバエフは、事態収拾を口実にトカエフによって解任され、国外に脱出したとの報道もある。一帯一路の支援などでナザルバエフに最高位の友誼勲章を授与した習近平も、この事態には背筋の凍る思いだろう。

カザフスタンも前編で触れたリトアニアも、また苛立つバイデンを尻目に、プーチンがその国境周辺にロシアが軍を集結させているウクライナも、91年末に崩壊するまではソ連の一員だった。

崩壊後の旧ソ連15共和国を挙げれば、NATO(とEU)に加盟したバルト三国のリトアニア、エストニア、ラトビア、CSTOに加盟したロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの6ヵ国、そして残りのウクライナ、アゼルバイジャン、ジョージア、モルドバ、トルクメニスタン、ウズベキスタンの6ヵ国となる。

うちバルト三国とジョージアを除く11ヵ国は、ソ連崩壊後に独立国家共同体(CIS)を構成するが漸次形骸化して前述の3グループに収束、CSTOは今回の件でも軍事同盟の役割を果たしている。一方のバルト三国は15年以来、ロシアと接するEU東部でポーランド、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、チェコ、スロバキアの6ヵ国と共にブカレスト・ナイン(B9)を構成する。

B9は表向き非軍事的交流を謳うものの、構成国を欧州の地図でなぞると、バルト海から国家にかけてロシア・ベラルーシ・モルドバ・ウクライナとEUとの間を切れ目なく隔てる回廊となっていると知れる。またホワイトハウスのブリーフィング内容を見ると、必ずしも非軍事ではないようにも思える。

Wikipediaより

12月9日のホワイトハウスのHPには、バイデンがB9首脳とWeb会談で「ウクライナ国境沿いを不安定化するロシアの軍事力増強に対する、同盟国の集団防衛のためのNATOの団結、準備、断固たる姿勢の必要性について議論」し、「抑止力、防衛、対話を通じて現在の危機を緩和するために、大西洋をまたぐ全ての同盟国およびパートナーと緊密な協議と調整を続けるという米国のコミットメントを強調した」と声明した。無論、リトアニアのナウセーダもいた。

8月4日には、サリバン国家安全保障顧問がB9の大使とWebで会談、「ノルドストリーム2」についてのリスク対策など、中欧におけるエネルギー安全保障への取り組みについて大使らに説明し、またウクライナのゼレンスキー大統領の訪問を控え、ベラルーシに関する共通の懸念について説明し、米国の対ロ関与に関する最新情報を提供した。

バイデンは5月10日にも、B9首脳とのWeb会談で「同盟関係を再構築し、大西洋を横断した関係強化へのコミットメントを強調」し、「グローバルな健康安全保障、気候変動、エネルギー安全保障、世界経済の回復を含むあらゆる課題に関して、B9とより緊密に協力していくことを希望している」と伝え、「国内、同盟内、そして世界中で、民主的な統治と法の支配を強化することの重要性」を強調した。

トランプ前大統領が「米国の単独主義をむき出し」(前出バーキン記事)にしたのとは対照的なバイデンらしい「皆で横断歩道を渡る」式だ。が、その上を行くロシアはCSTOの他に上海協力機構(SCO)も構成している。SCOはユーラシア経済共同体を構成したロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン(以上はCSTOと重複)にウズベキスタンと中国が加わり、そこへ当初はオブザーバーだったインド、パキスタン、イランが参加して9カ国となった。

SCOもB9同様に表向きは軍事同盟でなく、テロ分離主義過激主義への共同対処、経済・文化などの分野での協力が目的とされ、インドの参加はそれを裏付ける様にも思う。が、とすればトカエフが今回のカザフスタンでの「テロ行為」への支援をCSTOに仰いだのは辻褄が合わない。SCOの使命こそ中央アジアにおける今回の事態に対応するに相応しいからだ。

トカエフは真っ先にプーチンに相談し、プーチンはCSTOとSCOの二つの選択肢のうち集団安全保障条約に基づく歴とした軍事同盟のCSTOを投入したのだろう。その理由はいくつか考えられるが、先ずはカザフスタンが旧ソ連だったこと、何よりウクライナがEUやNATO入り(B9のB10化)を諦めるよう威力を誇示すること、そしてインドや特に中国に借りを作りたくないことなどが挙げられよう。

が、中国の人民日報系タブロイド紙「環球時報」は7日、習近平がトカエフに対し「今回の騒乱による深刻な死傷者と損失に哀悼の意」を表し、「重要なタイミングで積極的かつ効果的な措置を取り、事態を迅速に鎮圧し、国家と国民に対して政治家としての責任を示した」と述べたことを報じた。

習近平は「中国はカザフスタンの安定と安全を破壊するいかなる勢力、騒乱や革命を扇動して両国の友情と協力を破壊しようとする外部勢力に反対する。カザフスタンが困難を克服するのに必要な支援を提供する用意がある。どのような困難やリスクに直面しても、中国は常にカザフスタンの信頼できる友人でありパートナーであり、中国人民は常にカザフスタン人民の側にいる」とも述べ、独裁者が自在に国民の意向を決めてしまう全体主義国家の本質を垣間見せた。

記事はロシア国際問題評議会のアンドレイ・コルトゥノフ事務局長が「もし、海外から過激派やテロ集団が実際に侵入していることが判明すれば、そのような集団の制圧のための国際協力が決定的に重要になるかもしれない」と述べたことや、潘光上海社会科学院SCO研究センター長が「過激派が関与した可能性がある」と指摘したことも報じる。

識者を登場させる常套手段で、その口から「CSTOの軍事展開は合法的」であり、「テロリストや過激派勢力、騒乱から利益を得ようとする外部の勢力を抑止するために必要だ」と言わせ、「地域の安定を守るために、上海協力機構(SCO)とCSTOの間の調整と協力をより緊密にすることの必要性」を説かせた。

さすがに今回の事件の裏で米国が策動しているとまでは書いていないが、「CSTOがカザフスタン支援のための軍隊派遣に合意した後、米国は(西側メディアと共に)すぐに立ち上がり、軍隊派遣の正当性とロシアのこの状況への関与に疑問を投げかけた」などと言及している。

詰まるところ、CSTOを使うことで非難を浴びるかも知れぬプーチンを擁護した格好で、プーチンが作りたくなかった借りを北京が環球時報を使って押し付けたように筆者には見える。さすがKGB上がりのプーチンは抜け目がないし、肝が据わっているが、北京も負けず劣らず泥棒の上前を撥ねる術には長けている。

中露の接近を西側自由陣営にとって脅威と見る向きが少なくない。が、プーチンは、北京が泥船になればさっさと下船するように、つまり極東の「火薬庫」には関与しないように、筆者には思える。ロシアは30年も前から共産主義国家ではなく、歴とした民主主義国家であると考えるべきだろう。

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