国際関係を踏まえた民主主義教育の必要性:海外における授業実践 --- 蒔田 純

民主主義を定着させる取り組み

近年、「民主主義」が国際関係の構造を規定する最重要のファクターとして位置づけられつつある。民主主義は、時間的・経済的コストや衆愚に陥る危険性といった負の側面も大きいが、意思決定の正統性やそこに至る過程の透明性、国民・住民への応答性といった点で、やはり今日考え得る最良の政治の在り方であると考えられる。また、社会経済的な発展の大前提となる理念的・制度的なインフラといった側面もある。

Marco VDM/iStock

例えば、独裁者が私腹を肥やすために富を独占した結果、必要な資源が国民に行き渡らなかったり、意思決定を公正に行うプロセスが無いために権力をめぐる暴力的な争いが起きたり、権力者が実績づくりのために開発を急いで環境や住民生活が破壊されたり、といった途上国で散見される低成長、貧困、紛争、環境破壊等をもたらす主たる要因は、詰まるところ民主主義が確保されていないことに求められる場合が多い。

民主主義は、政治的な成熟度を示す基礎的指標であると同時に、一国の経済的文化的な発展、ひいては社会の持続可能性にとっての大前提であると考えられる。

しかしながら、現在、民主主義は重大な挑戦を受けている。香港やミャンマーで起こっていることを踏まえると、定着しているかに見える民主主義が何かのきっかけでいとも簡単に瓦解してしまうことを否が応でも感じるし、国際社会において増大し続ける中国の影響力を考えると、上記のような民主主義の優位性が揺らぎつつあることを認識せざるを得ない。

これを踏まえると、このような民主主義への挑戦に毅然として対峙し、その意義を今一度確認しつつ、これを世界に定着・浸透させていくための取り組みが今、求められていると言える。

そのための方法には様々なものがあるだろうが、将来を見据えた恒常的・継続的な民主主義の定着・浸透を念頭に置くならば、各国の子供たちをその取り組みの主たる対象とすることが考え得る。

子供たちに民主主義を、社会を成り立たせる上での大前提であると認識させることで、将来的に国全体に民主主義が広まり、社会経済的な発展可能性も高まっていくと想定される。

子供・若者に政治との関わり方を教える「主権者教育」は我が国においても浸透しつつあるが、民主的な素地はあるもののその成熟度が必ずしも高くない国々においては、「なぜ民主主義が必要か」という、より根本的な意味合いにおいて、主権者教育の充実が求められていると言える。

大洋州諸国の重要性

このような取り組みは当然、すべての国・地域において為されるべきものと理解されるが、中でも特に必要性が高いと筆者が感じているのが、大洋州の国々である。この地域の国々は歴史的文化的に米国・豪州の影響が強く、途上国の中では、民主主義が比較的浸透していると言ってよい(民主主義の浸透度を示す指標として頻繁に使用されるFreedom Houseのレポートでも、大半の国が“F(=自由で民主的)”に位置づけられている)。

一方で、経済的には未だ発展途上であり、近年では中国が急速にその存在感を高めている。「一帯一路」構想の「海上シルクロード」の中に南太平洋が組み込まれ、域内国に対する経済援助が拡大し続けている他、バヌアツにおける港湾開発、ソロモン諸島における海底ケーブル敷設、パプアニューギニアにおける海産加工工場建設への資金供与、フィジーにおける漁業・林業の技術開発協力、クック諸島における漁業ライセンスの取得、各国大学への孔子学院設立など、官民双方でこの地域に対する関与を強めている。

大洋州は台湾との国交を持つ国が多い地域であったが、このような中国の攻勢の結果、ソロモン諸島とキリバスが台湾との外交関係を断絶し、中国と国交を結んだことは記憶に新しい。

民主的な素地がありつつも、経済的には中国のプレゼンスが強まりつつあるこの地域は、まさに地理的にも国際政治的にも米中の狭間にあると言える。

昨年末、ソロモン諸島で台湾との国交を破棄した政府に抗議する暴動が起きたが、このことは、対中関係をめぐる大洋州の国々の難しい立場を如実に示している。国内で最も人口の多いマライタ州(Malaita)に拠点を置く抗議グループが「Malaita for Democracy」と称していることは、これがまさに外交関係や経済協力の問題であると同時に、民主主義をどのように捉え、どのように守っていくか、という問題でもあることを象徴している。

必要なのは、暴力に訴えることではなく、民主主義の持つ価値を冷静に問い直した上で、真に持続可能な社会経済的発展のためにはそれの定着・浸透が大前提であるのだと今一度確認することである。このような認識を確実に次の世代に受け継いでいくため、この地域における民主主義教育の必要性が高まっていると言える。

アニメ動画を用いた出前授業

筆者は、日本における子供たちの民主主義意識の分析のため、2019年より、民主主義をテーマとする自作のアニメ動画「ポリポリ村のみんしゅしゅぎ」を用いて全国の小学校にて出前授業を実施しているが(2022年1月時点で26校39回実施)、昨年、その英語版「Democracy in Polititown」を制作し、大洋州をはじめ、世界中の子供たちに民主主義の意義を伝える活動を開始した。

「ポリポリ村のみんしゅしゅぎ(Democracy in Polititown)」は、村の村長選挙が舞台であり、参加する児童は、二人の候補者の主張(橋を造るべきか、お祭りを行うべきか)を聞いた上で、議論し、実際に投票を行う。

その後の動画のストーリーはその投票結果によって変化し、このような模擬投票の要素を組み込むことで、児童は民主主義における意思決定プロセスを学ぶこととなる。昨年は、いずれもオンラインではあるが、5月にパプアニューギニアで3回、8月にインドで1回、12月に東ティモールで2回の授業を行った。授業の前後には参加児童に授業内容や民主主義全般に関するアンケートを行っており、その分析を通して、授業の効果や民主主義意識と社会経済的諸要素をめぐる因果的な構造を明らかにしたいと考えている。

子供たちの反応は非常に頼もしく、「お祭を我慢すれば、橋のおかげで皆の生活が良くなるから」「今ある道を使えば橋はなくてもよいが、お祭は昔から続いてきたものだから」等、反対の意見と比較考量しつつ自らの意見を導き出していることが伺える。

また、授業冒頭で行う「本日ポリポリ村の村長を決めるのは君たちです。自信はありますか。」との問いに対して、日本では大半の児童が首を横に振るのに対して、海外では多くが自信たっぷりに「イエス!」と答えるのが印象的であった。

世界全体の平和と安全に寄与することが先進国としての日本の役割だとするならば、途上国に民主主義の種を植え付け、それを育てていくことは、その中心的な課題の一つであるはずである。民主主義は社会が持続的安定的に発展するための大前提であると信じ、次の世代にその意義を確実に伝えていくため、この活動を継続していきたい。

「Democracy in Polit town」の一場面

パプアニューギニアでのオンライン授業の様子

蒔田 純(まきた じゅん)弘前大学教育学部 専任講師
1977年生。政策研究大学院大学博士課程修了。博士(政策研究)。衆議院議員政策担当秘書、総務大臣秘書官、新経済連盟スタッフ等を経て現職。[email protected]